« 『星通』vol.132/もうすぐ中秋の名月ですね | トップページ | 石川町は満天の星空 »

2009年10月 3日 (土)

十三夜を考える

 今宵(10月3日)は十五夜。玄関先に望遠鏡を出して、子供らとしばし鑑賞しました。団子もススキも飾らなかったけど。

 「月見」といえば、仲秋十五夜、満月(本当の満月は明日だけど)を愛でる。後の月として、翌月十三夜もまた愛でる。十五夜には里芋などを供えて芋名月と称し、十三夜には栗や豆を供えて栗名月・豆名月と称する。
 収穫の祝いとしての儀式的側面はあるみたいだけど、十五夜の次が何故十三夜なのか?と言うのが不思議だった。お盆や小正月が15日の行事なのに、芋の収穫祭が十五夜なのに、なぜ豆や栗の収穫祭が15日じゃないのか。「月の形が似てるから」という説もあるけれど、本当に形だけで十五夜、十三夜が決まったのか。それがずーっとナゾだった。

 十五夜と十三夜は、ほぼひと月違いの行事になるけれど、丸々一ヶ月違うと、月の位置は黄道十二宮でひとつ分、ずれることになる。すると、月が見える位置はかなり変わってくる。

Photo 右の図は、日没30分後の東の空を描いたもの(ステラナビVer.7にて作図、フォトショップにて合成)。

 旧暦8月15日(今年は10月3日)の月と、その次の15日(同じく11月1日)は、夕暮れ時にはさほど差がない。ほぼ同じ方向かな、と見て取れるのだが、ここで注意して欲しいのが、一緒に描かれた右上に向かう赤い線。天球上の緯度を表す「赤緯」を表す線で、天体はこの線に沿って東から西に移動すると考えてよい(日周運動)。
 旧8月15日から一ヶ月後、次の十五夜の月は、天球上を星座ひとつ分東に移ると共に、赤緯も10度ばかり北側に寄ることになる。旧9月13日、すなわち十三夜の月はというと、赤緯は旧8月15日の月とほぼ同じ(星座上でもほぼ同じ)位置にあるのだ。

 これが、夜も更けるとどうなるか。どうせなら、月が一番高く昇った時間に見たいところ。月が南中したときの見え方を比べると・・・Photo_2

 中秋の名月と十三夜はそんなに変わらない。次の十五夜ともなると、前述の通り10度近く北寄り=高い位置に見えるのだ。

 「十五夜」というと、団子やススキを飾って観月するもの。というとやはり、南側に開けているであろう窓辺や縁側に飾り、月夜の庭園をながめながら酒でも酌み交わすのがさまになるはず。中秋の次の、高い十五夜を見上げながら呑むよりも、適度な、似たような高さの月を眺める方が楽だろう。

 >http://www.echizenya.co.jp/mini/colum/13.htm
によると、時の天皇や法皇が開いた観月の宴が起源とする説があるようなので、月の形が由来とするよりは、そういった観月の都合つまり日程や日付ではなく、月を含めたロケーション、見栄え・見え方で十三夜が「後の月」として定着したと見るほうがむしろ自然のような気がするのだが、皆さんの意見はいかがなものだろうか? (十四夜は「四=し=死」で嫌ったか?)

|

« 『星通』vol.132/もうすぐ中秋の名月ですね | トップページ | 石川町は満天の星空 »

星見」カテゴリの記事

コメント

後の月見について調べていてたどり着きました。
月の見える位置からという視点はたしかにあったのかもしれません。
今よりもはるかに見え方については気にしていたと思います。
さらに、旧暦8月15日は台風シーズンでもあるので、それを見逃したら同じような所に見える9月13日の月を愛でていたのかもしれませんね。

投稿: ブドリ | 2009年11月 6日 (金) 10:05

ブドリさん、いらっしゃいませ。

 「後の月」の起源として、農耕儀式のひとつだったという側面は間違いないだろうとは思います。
 が、後に遊郭あたりでの客寄せのイベントでもあった(屋内から眺めるシチュエーションが多そう)という面を考えれば、月の高さはきっと重要な要素ですよね。
 宮廷行事として考えれば、「借景」という考えを地上物から空にまで延長するというのも、結構アリなのではないでしょうか。

 風流さも何もない、即物的なアイディアです。
 

投稿: Ar! | 2009年11月 6日 (金) 23:13

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 十三夜を考える:

« 『星通』vol.132/もうすぐ中秋の名月ですね | トップページ | 石川町は満天の星空 »