カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2009年5月21日 (木)

藤城清治の世界展

Imgp2870b

 先日、郡山私立美術館の企画展、「光と影のファンタジー 藤城清治の世界展」を見に行きました。

 「藤城」と言う名前は知らなくても、絵を見れば誰でもすぐにわかると思います。私の中ですぐに浮かぶのは、宇津救命丸のCFかなぁ・・・・・古すぎ?!
 戦後復興期に始まるモノトーンの世界から現在まで、選りすぐった150点の展示は圧巻でした。その中で特に気に入ったのは、ステンドグラスが輝く礼拝堂を描いた作品(あぁ、タイトル覚えられない)と、広島の原爆ドームを描いた作品でした。

 影絵という表現方法の発想はステンドグラスと同じ(透過光とシルエット)ですから、その輝きが実物(ステンドグラス)そっくりなのは当然としても、その緻密さだとか、礼拝堂内に差し込んだ光の柔らかさ(光と影の境界のボカシ加減など)は、写真や絵画以上の立体感、リアリティを持って迫ってきます。
 
 広島の原爆ドームを描いた作品は、一連の作品群の中ほどにあって圧倒的な存在感を示していました。
 ドームの上に広がる青空の穏やかさや、周りを囲む草木の緑のやさしさとは裏腹に、核兵器行使の悲惨さを今に伝えるドームの悲しさ。藤城氏の平和への熱い祈りが切々と伝わってくるのです。
 制作に当たっては、雨の中幾日もスケッチに打ち込んだといいます。そんな鬼気迫る情景が目に浮かんでくるようで、一緒に行った子供に声をかけられるまで、そこを離れることが出来ませんでした。 

 この企画展で印象的だったのは、鏡と水を使った演出でした。左右の鏡でどこまでも続く遊園地や、コスモス畑。それが水面に揺れる様はまさに幻想的。フレームに収められた写真や絵では出せない楽しさ、メルヘンチックな演出は、子供も大変気に入ったようです。

 会場では制作の様子がビデオで流されていましたが、子供に急かされて全篇見られなかったのが残念(やっぱり一人でゆっくり回るのが一番ですね)。あの影絵は、昔ながらの四角い剃刀で切り出しているんですね。ああいう細かい作業はデザインナイフかと思っていましたから、意外でした。全部が全部カミソリで、というわけではないのかもしれませんが、おそらくは昔ながらの「慣れた」方法なのでしょうね。まさに「職人技」です。

 展示作品には通し番号が振られていました。出口近くに「149」の数字を見つけたので、「もう1つあればキリがいいのに」と辺りを見回すと、頭の上、会場出口で「バハハーイ」と手を振るニャンコ(彼の愛猫アラメでしょうか)が150番目でした。
 胸に付けた勲章が愛らしいニャンコ。まさにこちらも「また会いに来るね」と手を振り返したくなるような感じでした。

 もっと早くに足を運んでおけば、もう一回くらい見にいけたかな。貴重な「1日」でした

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Nikon、初陣

 我が家のNikonの初陣は、子供の運動会。ビデオカメラは妻に任せることにして、三脚担いで行ったとさ。

 運動会に500ミリは仰々しいかな?とも思ったけど、案外お仲間はいるようで、子供の幼稚園で一緒だったお父さんがCanonに500ミリクラスを付けていたのを見て、ちょっと安心。
 去年まではビデオを三脚の上で回しながら300ミリを使っていたけど、500ミリはカメラ付で2.4kg。さすがに手持ちはつらいので(手ぶれ補正もないし)、今回は逆にビデオを手持ちにしたのでした。

 結果。上の子が体調不良で出番がなく、下の子のビデオ撮影もしなきゃいけなくなったりして、満足いく撮影は出来なかったものの、やっぱり望遠は楽しいわ。焦点距離が6割増というのは、結構気持ちがいい。(欲張るときりがないので、そこは口にしない)

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 今日初めて、このカメラとレンズを星に向けてみた。太陽だって、一応、「星」。

 このレンズを夜空に向けるのは、かなりハード。重すぎて。どれだけしっかりした架台が必要になるのやら。
 そう思うとやはり、標準~準望遠クラスのレンズが欲しくなってくる。

 「その辺はK100Dに任せりゃいいじゃん」と天使が囁く一方で、「どーせならNikon使いになれよ」と悪魔が囁く。

 その狭間で、 「両刀使いでもいいか」などど、思う。

そして気がつくと、中古を探していたりする。ヤバイ。

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Dsc_3393

< 500ミリ、トリミング。モズ。かな?

 こういう小鳥を狙おうとすると、もっと、もっと・・・と、際限がなくなる。せめてテレコン!?

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2009年5月10日 (日)

大砲で何を撮る?

 昨秋、幼稚園のお月見で使った50-500ミリのレンズ。せっかくの長玉なんだから、鳥でも撮りたいなぁと思っていたけど、Kマウントじゃないので使えずにいたんですが・・・
 ・・・ついにNikonユーザーなのだぁ~。

 「安いのでいいや」なんてことで、中古のボディを物色。ホントは別な機種を狙うつもりだったのが、安さに惹かれて入札したのが落ちちゃった・・・・。Imgp2865入札後にバッテリー充電器が付いていないことに気が付いたので、他の人が落札することを期待してたんだけど、ウ~ン。結局、別なところでバッテリーとのセットを入札中。余計な出費をしている気分wobbly

 カメラはちゃんと動きました。というか、レンズの動作の方が心配だったりするんだけど、モーターも絞りも動くみたいだし、どうやら問題はなさそう。
 でもまぁ、こいつは重い。メーカーのサイトを見たら、レンズだけで1.8キロだって!(今頃気付くな!)ボディとあわせりゃ、2.5キロに手が届きそう!丈夫な三脚も要るなぁ・・・。
 やはり手軽に楽しむには、レンズ付きのキットを選んでおくべきだったのか?とか考えたりして、あれこれキリがない。

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 カメラを始めたとき。1/2000秒に惹かれてMEsuperを手にしたのだが、程無くNikonが業界最速の1/4000秒をリリース。以来、アンチ・Nikon派に。それが・・・ついにNikonを手にしてしまった。

 心境複雑。

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2009年3月29日 (日)

じゅんけん、じゅんけん

 かれこれ20年前。ロードマップに記載されているの見つけててから、ずーっと気になっていた郡山市西田町の「ペグマタイト岩脈」。ペグマタイトの正体も知らないまま、行ってみたいと思って何度か足を運んでいたのですが、案内標識を見落としてしまうのか、なぜか辿りつけずにいました(行こうと思い立ったときに限ってロードマップを車載していないのです)。Imgp2621Imgp2620それがようやく、実現しました。もっとも、この日も地図なしでしたがhappy02

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 はじめ、採石場などの作業現場とか、切り通しなどに露出した岩場を想像していたのですが、実は神社だったようで、これでは見逃すはずです。

 で、「結局ペグマタイトって何なの?」ということになる訳ですが、なにやら説明書きがちゃんとありましたよ。花崗岩質のマグマ?がゆっくり冷え固まって出来た岩塊(10~100m)のことらしい。詳しいことは各自調べてみてください。

Imgp2636Imgp2632  その神社(鹿島神社)はというと、県道116号沿いの、こんもりとした杉木立の中にありました。

 鳥居をくぐってみると、大きな杉の木の間に石段があり、その先にお社。それが鹿島神社です。

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 石段を上り詰めてみると、お社の左手にある、雪のような白亜の岩肌が目Imgp2625に飛び込んできます。それが国指定天然記念物のペグマタイト岩脈でした。
 神々しいまでの輝きを放つこの岩塊を見ていると、なんとも神秘的な威厳を覚えてきて、それがこの神社の由来になったのかな?なんて気がしてきます。
 この写真にも左手に小さな祠が見えていますけど、裏に回るとさらに多くの祠のようなものが建てられており、何かしら信仰めいたものの対象として、近隣の人々から大事にされていた様子が伺われました。

Imgp2635 ←鳥居の手前にあった、これがペグマタイト。鬼御影ともよばれるらしい

 ペグマタイト岩脈は、福島県内では阿武隈山地西側(県境をはさんで南北に連なる)に多く分布しています(阿武隈山地の形成時にできた地殻の弱い部分にマグマが嵌入して出来るらしい)。稀少鉱物を産出しやすい為に、古くからその多くが採掘されているようです。鉱物図鑑を眺めていると石川町産の鉱石がたくさん見られますが、それも同系列の岩脈群(学術的にどう表現するのが正しいのか分かりません。そんな言い回しで合ってるかな?)からの産出なのでしょう。
 ここの岩脈がそうした開発の憂目に会わなかった理由は、やはり神社の境内になっていたから、ということなんでしょうか。かなり古い絵馬が奉納さImgp2631れている(市の重要文化財になっています)神社のようですので、古来より注目を集め、信仰の対象として守られてきたのだと思います。

 なんだか貴重なものを拝ませていただいたという気分で、帰路に着きました。

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p.s. かつて「地学研究会」に籍を置きながら、たしか一度も巡検に参加したことはなかったのですが、気分だけ一応「巡検」ということで。

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2009年3月15日 (日)

卒園式の謝辞

 今日は下の子の卒園式。上の子に引き続き、6年間お世話になった幼稚園ともお別れだ。過ぎ去る年月のなんと早いことか。これからもっと加速するんだろうな。

 何の因果か、保護者代表で謝辞を述べることになり、あーでもないこーでもないと頭をひねること数日。謝辞の任を受けてきた家内に清書をさせて、お相子ということにしておく。

 本当はもっと、定型の格式ばったご挨拶があるのかもしれないけれど、こじんまりとした幼稚園(各年ひとクラスずつ)だけに、保護者はみな何となく顔見知り、みたいな感があるので、お定まりのあいさつやら何やらは割愛。極力自分らしい言葉で綴り、堅苦しい表現を極力避けたつもりだ。
 中段、敢えてちょっとくどめ。行事のたびに戴いたお言葉に、極力応えてみたかった。私の解釈が間違っていないといいのだけれど。

 あとから読み直してみると、もう少し練るべき点(同じ表現の繰り返しなど)は沢山あったのだが、せっかく清書してもらったので、これでよしとした。もっと話したいことはあったけど、あまり長くなっても仕方ないのでバッサリ切ってこの長さでまとめてみた。

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 謝 辞

本日、わが子供たち二十三名は、無事、S幼稚園を卒園することとなりました。たどたどしい足取りでお兄さん、お姉さんたちに迎えられた子供たちも、いつしかその役目を果たし、今ここに、新たな一歩を踏み出そうとしております。今日まで深い愛情を持ってご指導いただいた先生方に、厚く御礼申し上げます。

 あっという間に過ぎたこの年月に、様々なことが思い出されます。

 春は田植えや畑作りに始まり、夏のお祭、秋の収穫。冬は雪遊びや発表会と、数え切れない、自然や人との触れ合いが子供たちを大きくさせてくれました。
 四季折々、幾度となく訪れた幼稚園の森での探険や、いろいろな作物を育てる体験は、自然や緑を大切にする心と探究心を育んでくれました。
 園遊会や運動会では親子のみならず三世代にわたる交流の場を、また、三園合同発表会では、會津風雅堂という大きな舞台に立つ勇気を授けていただきました。

 教えていただいたのは、子供たちだけではありませんでした。

 とりわけ私たちの強く心に残っているのは、理事長先生がおっしゃっておられた「今日はたくさん褒めてください」という言葉です。子供たちが頑張った成果を、素直に受け入れること。結果として多少の出来、不出来があったとしても、至らなかった点を責めるのではなく、まず努力したこと、頑張ったことを認め、その成長を共に喜ぶ。そこから次のステップが始まるのだということを、繰り返し私たちに説いてくださいました。言葉にすれば簡単なことですが、未熟な親にはなかなか難しいものです。だからこそ、何度も何度も説いていただいたのだと思います。その接し方こそが愛情となり信頼となり、その絆が子供たちの成長の原動力になるのだと教えていただきました。私たちはこの言葉を深く胸に刻み、子供たちと共に成長していきたいと思います。

 こうして振り返ると、語るべきことは実に多く、思い出は際限なく蘇ってまいります。子供たちばかりでなく、私たちもまた、多くのことを教えていただいた証です。

 S幼稚園は、W三園の中ではもっとも小さな園ですが、それだけに大変あたたかく、愛情に満ちた幼稚園であったと感じずにはいられません。この幼稚園で過ごした日々を、大切に温めて行きたいと思います。

 最後に、子供たちと私たちの成長を、様々な面から見守っていただいた、理事長先生ならびに諸先生方、この幼稚園で同じ時を共有していただいた皆様方にも、深く感謝し、御礼の言葉とさせていただきます。

平成二十一年 三月十五日

保護者代表 Ar!

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 主役のわが子はというと・・・朝起きたら38度ちかい発熱。それでも「最後だから」と頑張って行きました。
 卒園証書授与を終えたところで意識朦朧となり、中途退場。お別れの歌も、担任の先生の最後のお言葉も記念撮影もなしで終了。
 帰って一眠りしたらずいぶんスッキリしたようですが・・・なんだか締まらない卒園式になってしまったなぁ・・・。

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2009年2月15日 (日)

謝辞???

 うちのやつが、とんでもない仕事を持ってきた。子供の卒園式で、保護者代表の謝辞をやれという。
 え゛~~???
 何故だ~??

 三年前、上の子の卒園式の時にはそんなことなぞ考えていなかったので、そんな挨拶の場面などビデオに撮る由もない。
 何をしゃべろうかと考えていると、その時の謝辞の原稿が残っている事が分かり、わざわざプリントアウトしてもらってくるなど、やることに卒がないというか何というか・・・。

 とりあえず、あと1ヶ月。何か考えなくちゃ・・・。

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2008年12月13日 (土)

来週いっぱいで・・・

 リストラの嵐、吹き荒れています。先月から派遣切り、正社員切りで3分の1くらいが会社を辞めていきました。自分も今年の8月から正社員となったばかりの身。10月から管理のために今の工場へ異動になったので、これをしくじるとかなりヤバイと、ある程度覚悟はしているので、切られたとて驚きはしない・・・つもりです。

 昨日、係長に呼ばれたので「こりゃ駄目か」と腹をくくって話を聞いてみると、以前の工場への異動の話でした。先の部長から「戻してほしい」との要請があって社長も同意したとのこと・・・。戻った先でどんな仕事をさせられるのかは、まだ不明。向こうでも管理をやらせられるのかもしれないけど、こっちでやっているよりは、いくらか気が楽かなー、なんて、向こう岸からちょうど船が来たようなので、乗ることにしちゃいました。

 実のところ、管理不向きの判断でこっち側で厄介払いをしたかっただけなのかなーなんて、裏を読もうと思えばできるわけなんだけど、そうだとしても首を切られるよりはまだマシなわけで・・・。

 一応、来週いっぱいで今の仕事を引き継いでオサラバ、てな感じです。そう思うとちょっと気が楽になって、今の工場に来てから一番まともに(自分の思う通りのペースで)仕事ができたような気がするのは、何だか皮肉なものです。

 この2ヶ月、正直朝が辛かった。それもとりあえず、あと一週間、です。

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2008年11月16日 (日)

1万アクセス、オーバー

 2005年5月のスタート以来足かけ3年半。気がついたら10000アクセスを越えていました。今日、おそらく未明のアクセスだろうとは思いますが、どんな記事をご覧になっていたのか、気になりますねぇ。

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 タイトルとは全く関係ないけど、今、メチャクチャ腹立ってます。ワンルームマンションの経営だか何かをうたった電話勧誘。このケースです>http://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20081009_1.html

 2週間前にあって、その時も大概長かったんだけど、その時は「これから出掛ける」で切ったものの、昨夜2回目の電話。あれやこれやでやたら話まくり、断ってもまたすぐまた掛かってくる。「話の途中でなんで切るんですか」と逆切れする。終いには電話線引っこ抜いて放っておきましたけど・・・。

 電話の相手は当然会社名も何も告げず、電話番号は非通知(NTTの136で調べました)。警察にも電話してみたけど、実害が出ていないので取り合ってくれません。受信拒否の工事をNTTに頼んで見なさいとのアドバイスがあっただけでした。

 NTTの工事と言ったって、電話番号が分からないと効果がないらしいので、これは非通知拒否機能がついた、今時の電話で対応するしかないのかな。

 それにしたって、その手の業者に名簿が渡っていると考えるだけでゾッとします。また電話が、それも今、掛かって来るんじゃないかと思うとメチャクチャ不安だし、住所も知られてる可能性を思うと、直接行動も怖い。

 なんだか、休んだ気のしない週末でした・・・。

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2008年8月26日 (火)

銀河ステーション/日中線熱塩駅

Station2
気がつくと、僕はひとりだった。
それが何故なのか、そもそも、ここがどこなのか、
すぐには思い出せなかった。
 
「ボウゥ」という音が遠くで聞こえると、それに応えるかのように
足元のつりがね草に燈がともり、
ようやく僕の視界は色付きはじめた。
 
「銀河、ステーション・・・?」
 
そうだ、僕はこれから、出発しなくちゃいけないんだ。
 「けれども・・・」
 
得も知れぬもの悲しさを覚えて、ふと、呟いた。
ジョバンニは、一緒に来てくれるのだろうか・・・、と。
 
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 夜の停車場の寂しさに感化され、変なストーリーを思いつきました。それから改めて、『銀河鉄道の夜』を読み直したのですが・・・

 ジョバンニはごく自然と車中の人になっていましたし、カムパネルラはジョバンニと再会したときには「すべて」解っているような様子でしたので、こんなモノローグは成立しないような気はします(ストーリーとして整合しません)。けどまぁ、とりあえず雰囲気で・・・coldsweats01

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 写真については先日撮った熱塩駅に、昨年三の倉で撮った天の川を合成したものです。本物を撮りに行くのが待ちきれず、かような姑息な手段を・・・。

 ジョバンニが登った丘は、きっともっと凄い星空が広がっていたんでしょうね。でも、三の倉からの眺望も、そんな風景をイメージさせるに充分なものでした。また行ってみたいものです。

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2008年8月24日 (日)

熱塩駅

Imgp2037b   『親子ふれあい星空ウォッチング』の帰り道。旧国鉄・日中線の終点だった熱塩駅がライトアップされていたので、立ち寄ってみました。廃線になったのは1984年。今では線路もなく、駅舎と展示車輌が残っているだけです。

 学生時代。望遠鏡やら何やら担いで合宿だったか遠征だったかと称し、各駅停車に揺られてこの駅に降り立ったことを思い出します。

 ホームを下りてかつての線路の上に立ってみると、駅舎の上に木星が輝いていました。もう少し時間が経ち、照明が落ちていれば、この正面に天の川がそそり立っていたかも知れませんね。

 電化されることなく終わった日中線。今も記憶に残る沿線や車輌の光景は、自分が乗ったディーゼルよりも、蒸気機関車の方が似合っていたように思われてなりません。そうしていると、いまこの目の前から天の川に向けて伸びる線路は、私の中で「銀河鉄道」のイメージに重なって見えてくるのです。

 そんな画を狙狙ってみたかったのですが、その後は月の巡りが悪いのと天候不順で、機会がありませんでした。今月中ならばまだ大丈夫か?(このところ急に涼しくなったので、すでに「まだ8月」という実感が湧かない)

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『ドブ』vol.03/雨降り日曜日

 ココログのアクセス解析は面白いですね。特にリンク元が判る「生ログ」は、どんな条件で検索してきたかがわかので、自分もその検索ページを参照してしまします。夜中「ちょっとメールチェックを」なんて起動させてからこのトラップにかかると、一溜まりもありません。昨夜も夜半過ぎにアクセスしてから、気がついたら3時過ぎてました。今日もその続きで、自作ドブソニアンの作例をいくつか眺めていました。

 肝心のドブは、全く手が停まっています。こまごまとしたアイディアがたまーに浮かんではくるのですが、・・・・いまちょっと、別なモノに心奪われているもので、そっちの構想ばかり練っています。買っておいたパーツの幾つかはそちらに転用することになるかも?というか、本番(ドブ製作)前の練習に一品、といった気分なんですが・・・・それをやるとまた親に小言もらっちゃうかなぁ・・・

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2008年8月 3日 (日)

夏なんです

 世は8月、お盆も間近(気が早いですか?)。窓の外から盆踊りの歌声と、打ち上げ花火の音が聞こえてきます。家の中はやたら暑いです。日中は風もあって幾分すごしやすかったけど、今は凪いだかんじ?エアコンのお世話になるしかないのかなぁ・・・。

 晴れていれば、だんだん星が多く見え始める時間ですが、今はベタ曇り。本当なら、夏の大三角が東にだいぶ高くなり、南東の空には木星が爛爛と輝いているはず。日本付近にはまだ停滞前線があって、・・・これが悪さしてるのか? なかなかいい星空が見えませんね。

 今年は観察指導で木星をよく取り上げています。「望遠鏡を使うと、縞とか、ガリレオ衛星が見えるよ」といった程度ですが、ステラナビゲーターを使って衛星の動きなんかをアニメで何度も見ているので、今年はもう、本当に見た気分になってます。実物は、1回しか見てないんだけどね。教えてる子供たちも、そんな気分になっているのかなぁ・・・。感じがわかるといいな、と思いが半分、それで満足しないでね(所詮シミュレーションよ)、なんて想いもまた半分・・・

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 夏の夜の思い出は、なんといっても小学5年、親戚の家に泊まりに行ったときのことに限ります。田んぼの真ん中、打ち上げ花火を楽しんでの帰り道。見上げる南天にさそりといてが燦然と輝き、天の川の流れを遡れば頭上に大三角。その流れに沿うて、はくちょうからさそり目掛けて放たれた光の矢は、紛れもなくペルセ群の火球。「ペルセ群」なんて存在を知ったのは更に数年後のことになりますが、あの夜見た「白鳥のサイドワインダー」は今でも鮮明に残るイメージです。あのインパクトが、星に興味を持つきっかけでした。

 あれから30年(かな?)。流れ星はやっぱり、「私のお気に入り」なのです。

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2008年5月30日 (金)

2度目の転職

 今日付けで、今の会社を退職する。昨年暮れから出向いていた先に拾われる形になった。

 当初の予定、出向3月一杯が5月末まで延びた。さらにゴールデンウイークを前にして、8月一杯まで再延長されることになって、事態は急転直下する。再延長も全員ではなく、一部が別会社への出向という話。しかも期限後、今の会社への復帰(新たな仕事の再スタート)が困難な状態であることが分かったのだ。いきおい連休直後にパタパタと辞めて行ってしまい、残ったのは自分も含めて3人。最終的に5月一杯で移籍、という話に落ち着いたのは先週初めのことだった。

 自分には早い時期から出向終了後に移籍してもらえないか、という話はあったので、半ばそのつもりだった。あわよくば賃金アップも交渉したいところだったのだが、最後のドタバタでそんな余裕もなく、最終的に自分だけは賃金面で現状維持との方向でまとまった。一人は賃金が折り合わず、離職する・・・。10名での出向が、最終的に二人だけになってしまった。

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 まぁ転職といっても、結果半年あまり通ったので、殊更変わった感じもしていないのだが(制服も夏服の手配が間に合わなかったので、今しばらく今の会社のを着てるしかないし)・・・。本当は夕方、最後のお勤めに会社に行く予定だったのだが、「お勤めの必要なし」との連絡があったために、ちゃんとした挨拶もしないで終わりになってしまった。なんともはや・・・・

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2008年5月17日 (土)

BLUE NOTE

Bn1 家族の小用で米沢に行ったおり、単身大学周辺を散策しました。Bn2 大学のすぐ近くには、懐かしいあの喫茶店が今も健在。常連と呼ぶには程遠かったけど、友人がバイトしていたのでよく通ったものです。

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Bn3 薄暗い階段を昇った店の入り口。店内の雰囲気も、昔のまま でした。 ほんのコーヒー一杯のつもりで立ち寄りましたが、ちょうどおBn5昼時だったので、あの頃よく頼んだエビピラフを注文。

 ←変わらぬ味、値段も(ほぼ?)変わらず! うーん、懐かしすぎます。

Bn4 マスターも健在でした。こちらのことを覚えていないのは当然ですが、友人のことはよく覚えていましたよ。

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Imgp1808b 上杉公園前、米沢工業高校の敷地は「米沢上杉博物館」となり、校舎のあったあたりはこんな広場になっています(広場の小山より上杉神社を望む)。この3月に知ったこの変化は、自分にはかなりの衝撃でした。

 それでも、昔と変わらないものがまだあった、見つけられた事がたまらなく嬉しかった、そんな一日でした。

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2008年5月13日 (火)

何を話そうか・・・

 明日は、今年初の星空観察の研修指導。ここ数年、続けて依頼を受けている中学校・・・のような気がする(記録なし)。去年は終了間際にようやく晴れ始め、就寝までの間、希望者に望遠鏡で星を見てもらった・・・ような気がする。(記憶なし。杜撰。)

 明日は夜半頃には晴れそうな気配なのだが、早い時間は雨が残るか?微妙な感じだ。となると、1時間~1時間半(1時間で終わることはまずない)の座学となるのが恒例だ。前半、40分ほどかけて今の時期に見える星空の解説。星座や惑星の紹介をする。そのあと、季節の話題に触れる。流星群だったり、彗星がきていれば彗星の観察についてだったり。さーて、明日は何にするか。惑星の定義~9惑星が8惑星になった経緯なんて、話してみたいなと思うのだが・・・資料作成に行き詰まっている。箇条書きでいいから、何とか1ページに収めたい。ノートに拾い書きした分は3ページ。どうまとめる??まとまるのか、オレ???

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2008年5月 3日 (土)

世の中GW?

 あー、やっとネットに繋がりました。HDD自体不調が原因かと思っていましたが、モデムorTAの不調もあるような気配。

 世の中ゴールデンウイークらしいですが今年は「そんなのカンケーネー」状態です。日中の仕事(よその会社の応援)は30日で終わった(連休突入)ものの、昨日からは、それまで夕方から行っていた自分の会社の仕事(パートさんの後に入っての仕事)のためにフルタイム。祝祭日返上です。手当も付かないのに。別に断れば断れるんだけど、家にいて親の小言や愚痴につきあうのも疲れる(出掛ければ出掛けたでうるさいし)ので、まだ会社がマシか、という感じ。

 曜日感覚が消えてます。なんだかどーにでもしてくれという気分。

 やたら滅法動植物を傷つけたり、自らどころか他人をも巻き込む事件が頻発してますけど・・・・いやいや、それを認めちゃいけません。許されません。

 どっかで息抜きしなくちゃ・・・(って、こんな事で息抜きのつもり)

 

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2008年3月16日 (日)

2008年F1GP・第1戦

 久しぶりにF1GPを見た。鈴木亜久理や片山右京のレースも幾らかは見たのだが、中嶋悟やセナが頑張っていた頃に比べれば、見たうちには入らないだろう。それが「あの中嶋悟の息子」となれば、やはり注目せずにはいられなかった(デビューは昨年だったのね。全く気付かず)。

 スタート直後、第一コーナーでのアクシデントを避けて順調に滑り出した、と思われる中嶋車・・・でも、どの車だか判らない。20年前に比べて車のカラーリングは一様に複雑で、フェラーリレッド以外は判別不能。悲。

 それにしても、相次ぐクラッシュ、トラブル・・・中嶋は果たして生き残れるのか?と、かなりハラハラしながら見守ったものの、何と完走7位ゴール。結果6位入賞ということで、まずはめでたしめでたし。来週のマレーシアGPも楽しみだ。

 初めてF1のレースを見た息子は、かなり面白がって見ていました。WRCのビデオとか見てもさほど興味を示さなかった(ゲームのグランツーリスモなんかは好きみたいだけど)のに、やっぱり車の形が違うから興味があるのか? こんどはF1のゲームでも買ってくるか・・・

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2008年3月13日 (木)

10万km到達

 3月2日、友人の結婚式で山形に行きました。数年ぶりにあうサークルの友人、後輩も一緒でした。学生当時から薄ら20年。皆40代です。一様に老けたと言うべきか言わざるべきか・・・。「卒業以来初めて駅前に立ち、その変貌振りにビックリ」みたいな話から、誰とはなしに思い出話を始めると、気分はあの頃のままです。

 それにしても、今でもバイクに乗ってるというのが何人もいて(皆限定解除してるし)、それもまたビックリ。「年に数回しか乗れないけど」とは言うものの、それでもちゃんと維持していられるなんて、羨ましい話。今ごろバイクを買ったりしたら、親になんと言われるか・・・

 Vfmi1535Vfmi1537  -------

 その山形に向かう途中、愛車の走行距離が10万km到達。前に乗っていた車と違ってきちんと定期点検に出す余裕がなかったけど、良くここまでもってくれました。またこれからもヨロシク。(家内のは昨秋ゾロ目ゲット)Vfmi0842 

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2008年2月17日 (日)

冬の裏磐梯

Imgp1547b  昨日は晴れていたので、裏磐梯へ行ってみました。「晴れ」といっても平野部でのこと。磐梯山方面は雲の中だったので、「運が良ければ雪の磐梯山を撮りたい」という程度です。

 途中、塩川方面から雄国山麓の棚田(?畑もあったはずだから段々畑?)が、朝日の中にImgp1548bその姿を浮かび上がらせていました。自然物ではないけれど、その幾何学的模様に心動かされるのは、なぜ?

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 いよいよ、檜原湖へ。湖上にはワカザギ釣りのテントが花盛り。折角なので、自分も湖の上に立つことにしました。釣り客を乗せたのであろうスノーモービルの跡を湖上へと歩を進めました。ところが。沖に進むにつれ、足元がなんだかふわふImgp1555bわしている。バリバリと薄氷を踏む妙な感触に、足元を見ると、雪の下から水が浸みだして来ているではありませんか。そうです。檜原湖の湖上は、湖面に降り積もった雪が圧縮される形になっているだけで、固く氷結しているわけではないのです。無知な私は軽率にも完全防水じゃないノルディックブーツで踏み込んだから堪らない。たちまち爪先が濡れ始めました。磐梯山山頂の雲が切れるのを湖上で待つつもりでしたが、長居してはヤバそうな状況です。 足元に気を配りつつ、撤収しました。

 それにしても、いい天気でした。風もさほどなく穏やか。澄んだ青空に吸い込まれそうな気分でした。これだけ澄んでいれば、最大光輝の金星は楽に目視できるだろうなぁ・・・

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 車を置かせてもらったお店の人に、氷結した滝があるので行ってみては?と勧められました。一昨年辺りから一部のペンションで宿泊客をガイドしているポイントだそうで、道路からすぐなのだそうです。いかにも冬山に不慣れな自分の出で立ちを見てなお仰ると言うことは、さほど難しいこともないのでしょう。(裏磐梯にある「イエローフォール」はここ何年かでかなり有名になっていますが、こちらは結構山の中みたいです=>スノーシューハイキングのレポートはこちら

 話に聞いた辺りを車でうろつくこと暫し。路肩から雪の中へ踏み込んだあとを探していると、少し離れた駐車スペースに停めてある車から降りたと思われる数名が山の中に入って行くのが見えました。私もカメラを片手に踏み込みます。Imgp1562b

 急な斜面に付いた足跡をトレースすること約5分。木立の間に氷柱が見えました。件の滝のようです。

 下の方は雪に埋もれてしまっていますが、落差は6~7mといったところでしょうか。初めて見るので比較はできませんが、小さな沢の滝なのでサイズはImgp1565b_2小振な方でしょうか。人知れず音もなく佇む氷瀑に、しばし見とれていました (雪がちらつき始めたせいか、すっかりモノトーン)。Imgp1566b

 先に来ていた方々は、やはり裏磐梯のペンションで話を聞いてやってきたようでした。道端からこんなお手軽に氷瀑を拝めるとは思いませんでした。

 やがて雪が強くなり始めたので、引き返すことにしましたが、登るときには気が付かなかったその斜面の急なこと、急なこと。その雰囲気は写真では伝わらないかなぁ・・・。ちょっと道を踏み外せば、沢まで一直線、です。夏場はきっと下草が一杯で歩けないでしょうね。

 冬にしかできない、貴重な体験?をした一日でした。

   -------Imgp1546b

 おまけ:先月下旬。車の窓ガラスに大粒の雪片が付着していました。大きい方は1cmくらいあったでしょうか。霜が付いているものが多い中、原型がハッキリしたもののひとつです。こうした自然の造形は、やはり感動的です。

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2008年1月26日 (土)

時々見る夢

 高いところが、大キライである。テレビなんかで断崖絶壁から足元を見下ろす光景なんか、目にするだけで背筋が凍りつく。近年、特にそれがひどい。今年の隠し芸大会でWaTがチャレンジしたスタントシーン。あれだけでダメだ。

 にも関わらず、どういうわけか時々、空を飛ぶ夢を見る。今朝も見た。

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 草原。車で走っている。あるいは、自分の足で。心地よい向かい風。

 その風に上体を任せるように身を乗り出すと、両の足が地を離れ、膝ほどの高さを滑空する。やがて自らの意志で高度を上げ、一緒に走っていた仲間たちの周りを滑空している。時には陸上競技のフィールドを、野球やサッカーのグラウンドを、狭い体育館の中でさえも自在に飛んでいる(いや、久しぶりに飛んだ今朝の夢では、旋回中に失速しかけて多少慌てた)。

 鳥の如く。自ら風を切る感触が心地よい。

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 多分、以前近くの河でパラモーター(でっかい扇風機を背負ったパラグライダー)で飛んでいる人を見たのがきっかけだろう。最初はブランコにでも腰掛けているような姿勢で飛んでいた夢だったのが、一昨年、パラモーターを使った空撮シーンを見た頃から、本当に鳥になったかのような飛び方をするようになった。

 羽ばたくのではない。アホウドリのように、静かに滑るように。そんなイメージ。

 高さに対する恐怖はない。だから、また見たいと欲している。

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2008年1月 2日 (水)

あけましておめでとうございます

 明けましておめでとうございます

今年もちまちまと思いつくまま気の向くまま、書き連ねたいと思います。お付き合いのほど、よろしくお願いいたします

   -------Imgp1516b

 休みになった途端、体調崩しました。といっても半日ほど怠くて少し熱があって、という程度でしたが年越し前に何とか、持ち直しました。 長い休みだと思って気が抜けてしまったようです。ダメですねぇ。

 その身体で、年明け早々雪かたしです。大晦日から30cmほど積もったでしょうか? 湿った、重い雪でした。TVのアンテナが一部曲がってしまいました。お隣さんとは雪かたししながら新年のご挨拶。半日スノーダンプを押していたら今朝は筋肉痛です。今朝の積雪は軽ーく10cmほど。雪かたしの必要もなくほっと一息。

 午後は娘がスキーを履く練習です。去年は風邪でスキー教室に行けなかったので、今年がゲレンデ・デビュー(?)になります。うまく滑れるか、せめて歩けるか?自分の子供なのであまり期待はしていませんが・・・。

   -------

 その娘が、書き初めを始めるようなので、これからお付き合いです。

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2007年12月18日 (火)

会社がとんでもねー事に

 年の瀬だというのに、会社がとんでもないことになってます。

 某大手企業の下請けで2年少々やってきたのですが、うちと相手のトップ会談が不調に終わり、取引をやめることになったのです。原因は、支給される部材の不具合による納品数の落ち込みでした。社としてはそれに対する保証を求めたものの、これが認めらなかったために請負の継続を断念した、ということのようです。(どちらのトップもとにかく気が短いということで、「こんな仕事、やってられっか!」「おぅ、だったらやめっちまえ!」みたいな怒鳴り合いがあったんだろう、というのが大方の見方です。)

 その事態はすぐさま従業員に伝えられ、翌日から一部の社員(残務整理に当たる)をのぞき自宅待機、派遣社員は契約解除となりました。先々週のことです。

 青天の霹靂です。

 先週末に、次の仕事の内容が粗方決まり、来週からそちらに従事するようになりそうです。もっとも、この間に退社した人間も、います。だらだらと取引を続けて赤字を増やし、にっちもさっちもいかなくなってからトンズラされるよりはマシだったのかな、とは思いますが・・・

 下手すりゃ自宅待機のまま年越しか?とか思わなかったわけでもないので、それもまた幸いなのかもしれません。春先まで研修・出向の形となる予定です。ただ、その後会社に戻ってこれるのかどうか、なんだか不安ではあります。(社長は「あっちの仕事をうちに引っ張ってこい」とか言ってますが)

 う~~~ん・・・・・

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2007年11月 8日 (木)

朝霧に

 Photo

  朝霧の 練乳まとい 寒イチゴ

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 「寒苺」なんて言葉はないのかと思ったら、木イチゴの一種「「ミヤマフユイチゴ(深山冬苺)」の別称なんだそうですね。ここは右の写真の通り、普通のイチゴでしたので、とりあえずカタカナ混じりに改めました。あんまり変わらんか。

 写真は庭のブロックの穴にひっそりと佇んでいた、普通のイチゴ(品種は忘れました)です。いつ花を付けたのか分かりませんが、今ごろ実ががなっています。今年はまだ霜が降りていないせいか(まだまだ早いのかな?)、かろうじて生き延びていたようです。怖いもの見たさで味見してみたいところですが、健気に実ったこの実を摘むのはあまりにも罪作りな気がして、さすがに思いとどまっています。今朝は霧が濃かったので、気分だけで味わってみました。

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 霧の朝は、結構好きです。昔住んでいたあたりは川霧があがってくる場所で、散った桜の葉をガサガサと蹴り散らかしながら登校したのを、よく思い出します。その音とひんやりした空気、そこに微かに漂う金木犀の香りが、わたしの好きな「秋」です。

 霧の底から太陽を見るのも好き。いつもと違ってシャープな輪郭を見せる太陽。いつも、「もしかすると自転で扁平してるのが分かるんじゃないか?」なんて馬鹿なことを考えつつ、肉眼黒点が出ていないかと目を凝らしています。運転中に危ないなぁ・・・

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2007年6月 2日 (土)

仕事が定時に終わったので

 今日は珍しく仕事が定時に終わりました(って、もともと休出です)。一番星が見えるまで少し間があったので、会社の近くでアオサギを探してみました。

 農道を走らせていたら、50mほど離れた場所にアオサギ発見(上段左)。車を停めて近付こうとしたら、気付かれて逃げられました。逃げた先は数枚先の田んぼの中ですが、道路からは100mほどあり、300ミリ望遠にはちょっと遠すぎる距離。車である程度接近し、さらに徒歩で近付こうとすると、田んぼの奥の方(反対側)へ逃げていきます。そんなことを2回ばかり繰り返しました。

 そのうち徐々に遠ざかるアオサギは、反対側の農道から20mほどの所に移動しつつあります。歩いて逃げられるのなら今度は・・・車を降りずに接近を試みます。アオサギのいる田んぼの方に回り込み、車をゆっくり移動し・・・車内から撮影(上段中央)。しばらく様子を見ていましたが、別なところから飛んできたのであろう仲間と共に、飛び去ってしまいました(同右側)。

 日も暮れたので帰路につきましたが、途中の道路端に別のアオサギ発見。農道に車をつっこんで、今度は電柱の影から接近!15mほどの位置です(下段中央)。

 「逃げられて元々」と、そのまま接近。今度のアオサギは度胸が据わっているのか、ズカズカと近付いてもなかなか逃げません。こちらの様子をうかがいつつ遠ざかってはいますが、最終的に10mほどの所まで接近できましたが(下段右)、そこまでが限界だったようです。


Imgp0721b Imgp0725b Imgp0726b Imgp0731b_1 Imgp0737b Imgp0741b_1


Imgp0734b  “ 遠き山に 日は落ちて ”  ・・・そんな歌を思い出します。

 

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2007年4月24日 (火)

風邪が抜けない

 げほげほ。あー、不愉快だ。日曜から頭が重い、咳が出る。その前の週は喉が痛い、さらにはその前々週当たりから鼻が出る、なんだか怠い、etc...

 実は先月当たり、下手すると去年の暮れからずーっと、「元気!」という状況がない。治ったかなーと言う頃に、子供らの持ってきた風邪の症状が出始め、不調となる。その繰り返し。先週はいよいよ「医者に行こう」と決意するほど具合が悪かったんだけど、仕事がきっかりに終わらなくて受付に間に合わなかったり、翌日は休診だったりするうち山は越えて、結局行かなかった。

 でもって「調子が良くなった」と金星の追っかけなぞやってるから、またぶり返すわけなんだけど。

 「ちょっとの風邪くらいで止められる道楽(?)ではない。」とか声に出すと家族にくそ味噌言われるから、言わない。言えない。風邪で参ってるとか、病院に行こうなんて、言えるわけもない。

 そんなわけで今年は、夜桜撮影、あきらめた。せっかくカメラ新調したのに。

   ・・・ナンテイッテテ、アシタアタリ ソノヘン ウロツイテタリシテ・・・

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2007年4月 2日 (月)

フォーラム@niftyさん、ありがとう

 あれよあれよという間に4月。フォーラム@niftyのサービスが終わってしまった。ニフティーサーブ時代に入会して、はや10年。ニフティ・マネージャーによるサービスが終わってから足が遠退いていたが、せめてお世話になった会議室へは最後にご挨拶、と思っていたものの、結局顔を出しそびれてしまった・・・。

 F.SPACEならびにサンライズ・ガンプラ会議室の有志の皆さん。挨拶できなくてごめんなさい。いろいろと、ありがとうございました。どこかで見かけたら、声を掛けて下さいまし。

 またお会いできる日まで、御機嫌よう。

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2007年3月25日 (日)

福寿草まつり

 先日(21日)、山都町(現喜多方市)沼ノ平の福寿草群生地に行ってみました。毎年この時期に開催されている「福寿草まつり」、今年(第11回)は例年より2週間も早く見頃を迎えたとのことです。

 「福寿草まつり」ののぼりに導かれるまま(思い出したようにポツリポツリとあって道標としてはちょっと不安)、山都町の町内から県道43号、383号へと北上。沼ノ平地区へむかうクネクネ急勾配をイッキに駆け上る(狭いので対向車に注意!)と、杉木立の間に「まつり」の横断幕(だったような・・・)が。これをくぐると、程なく駐車場です。

 車をおいてから「入り口は何処かいなー」と見渡したのち、駐車場の上の方を歩く人影を見つけてそちらに向かいます。でも、それらしい入り口が見つからない。Vfmi0319もう一度駐車場の方に下りてみると、何人か小径をやってくる人があったので、そちらに進んでいきました。

 するとどうでしょう、道路からは見えないちょっと奥まった場所の、斜面のあちこちに黄色い花!何日か前の新聞に載っていたのと似たような光景がありました。登ってきた人に話を聞くと、もっと咲いている場所があるとのこと。

 さらに歩を進め、途中の休憩所付近での展望はこんな感じ↓ですVfmi0318。「100万株」の謳い文句は伊達じゃない!

 もともとは棚田だったところで、その斜面に咲いていた福寿草が休耕田へ広がって一大群生地を作った、という感じでしょうか。

 ここからは急な斜面に設けられた細い階段を下りていくことになるわけですが、実はこの会場は一方通行だったようです。本当は、駐車場の少し下にある「受付」が入り口になっていたわけで、それを見落としたために、棚田の畦を利用した狭い順路を遡行していたわけで・・・・・。すれ違いでご迷惑をおかけした皆様、ごめんなさい。(駐車場から受付・順路入り口までの案内をちゃんとしていただけるといいですね。)

 小一時間の散策のあと、地区の集会所を利用したと思われる休憩所で、蕎麦(1杯500円)をごちそうになりました。美味しかった☆(甘酒の振る舞いもありました。私は飲めませんが)

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 今回初めて、福寿草をじっくり見ることが出来ました。タンポポのように派手な黄色ではないんですが、花の内側が蛍光を発するかのような光沢・輝きを放つ、近付いてみるほどに引き込まれそうな、不思議な花でした。タンポポが日溜まりだとすると、福寿草は陽光そのもの。まさに春を体現している、そんな魅力を感じました。

 ヤマトコガネの群生地。その燐光に包まれた沼ノ平は、遠い物語のユートピアのようでした。

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 可憐な福寿草の写真は「福寿草に魅せられて」へどうぞ(メインページはこちら、かな?)

 会場の雰囲気はこちらが分かりやすい?>>こちら(順路を示した案内板の写真もあります)

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 福寿草は芽を出してから花が咲くまで、5年もかかるそうです。歩道以外のところへ不用意に足を踏み入れたり、三脚で踏みつぶしたりと言うことのないよう、くれぐれも注意してご観覧下さい。無断採取なんて以ての外です。

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2007年3月15日 (木)

予想外の展開

下の子が、水族館に行ってみたいと言ったらしい。

その時のやりとりとして、「お魚いっぱいいる?」とか、「ペンギンはいる?」「イルカは?」という質問があったらしい。そこで、「それじゃあ・・・」と聞かれれば、次の質問はある程度見当はつきますわな。あなたなら、何を予想する?

 「それじゃぁ、『シャケください』って言ったら、焼いて出てくる?

か゜(開いた口がふさがらない音)。

サメとかクジラとかじゃなくて、焼き魚? 水族館で取り扱ってるのかなぁ???

水族館の水槽を、でっかい生け簀だと思ったんだろうか?

これを、「予想外の展開」と言わずに何と言おうか。

・・・お馬鹿な息子でごめんなさい。

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2007年3月12日 (月)

やっぱこれぐらいは降らんとね

 やー、降りましたねぇ。朝は会社の近くで大渋滞があって、遅刻した人が相次ぎました。普段より早めに出られた自分は、渋滞を何とか迂回して定刻に間に合いました。

 今はまだ、吹雪いてるみたいです。明日の朝も混みそう。家の前の雪かたしもせねばならんので、今日もはよ寝よ。

 なければないで少し寂しいし、あればあったで鬱陶しい。ろくろく降らなかったこの冬だから、少しくらいは大目に見ないとね。

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2007年2月22日 (木)

いい天気

Imgp0160b 昨日の朝、結構いい天気。磐梯山が綺麗だったので、出社途中で回り道してみました。(会社のすぐそばです)

 それにしても、これが2月の風景か!?

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2007年2月18日 (日)

右近の橘、左近の桜

 雛人形を出しました。毎年、官女や囃子の並び方など「これでいいのかな?」と不安を抱きつつ、なんとなーく雛飾りを並べてます。次のページは参考になるかも。

 >http://www.kougetsu.co.jp/hinamatsuri/kazarikata.html

 >http://www.kougetsu.co.jp/hinamatsuri/hinagu.html

しっかりメモして雛人形の箱にしまったので、次からは悩みません。

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 その雛飾りで、娘らが遊んでました。

Vfmi0101_2  雛飾りVfmi0103Vfmi0102

  左近はざくら。

  右がぐふ。

 本当は「ザク等」にしたかったんですが。単体です。

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2007年2月15日 (木)

むかしばなし

  「ほうっておいてください。
   じつは、ぼくは
   にんじんだったんです。」

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所詮、義理しかもらえないと思いこんでいたが為に本命を本命と思わずにいた話。毎度この時期に思い出す、R・田中一郎のセリフ・・・

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2007年2月 7日 (水)

霧氷三題

 昨夜帰宅する頃、会社のあたりでは快晴だったが、下に下りると霧が出始めていた。家のあたりは川霧が濃くなり始め、昇ったばかりの月がすでにおぼろになっていた。霧の高さ(層の厚さ)はせいぜい数メートル。電柱や街路灯の中程より下に層を成して漂っていた。

 夜が明けると霧はおさまっていPhoto_46たが、名残の霧氷がそこかしこに白い花を咲かせていた。Photo_47

Photo_50

 平野部を抜けて峠の坂道にかかると、その途中から上では不意に霧氷が見られなくなる。 その変化は、なにやら不思議である。

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2007年1月 4日 (木)

ばね指

 新年早々出掛けたところは、初売りでも何でもない(いちおう初詣は近所の神社で済ませた)、整形外科でした。

 昨年暮れから、朝起きてからしばらくの間、人差し指の第二関節を動かすのに痛みと引っかかる感じがあったのだ。 数年まえ腕が上がらなくなったとき、頸椎の椎間板症と診察されたことがあったので、その絡みか?とも思い、そんな不安を抱えたままでの年越しだった。年末は診療が終わっていたため、ようやく年明けの今日、診察へ。

 Dr.に上記の症状を伝えると、それだけで「あ、それはばね指ね。」の一言。腱鞘炎の一種だそうで、レントゲンを撮るも何もなく、炎症止めの軟膏が処方されてものの数分で診察終了。毎朝お湯で温めたあと、軟膏を塗るようにとの事。

 「指を使いすぎたのだろう」とのことで、帰路原因らしきをあれこれ逡巡したけど、差し当たり思いつくのは11月下旬の配置換えくらいか?とはいえ、それと断定できるような動作の心当たりがないので、どう対策したらよいか分からないのが正直なところだ。とりあえず、軟膏を塗っているだけで症状は回復するのだろうか?いささかの疑問は残るが、まぁいいか。

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 四十路にもなると、あちこちガタが出るって事か?「言葉の暗示」に負けちゃいけない、と自分に言い聞かせる2007年。いよいよ明日から仕事。

 正月明けの立ち仕事は、結構ツラいんだよなぁ・・・。

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 簡単でわかりやすい「ばね指」の解説はこちら (2006.1.14追記)

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2007年1月 2日 (火)

謹賀新年

あけまして おめでとうございます

 今年も、半ばどーでもいーよーな事をつらつら書き連ねることでしょう。皆様方におかれましては、お時間の許す限りお立寄りいただき、一筆したためていただければ私めへの励ましとなります故、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

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 ということで、2007年スタートです。昨日に引き続き今朝も、暖かな朝日を拝むことが出来ました(日の出は見損ねてますが)。いまはもう、霧に覆われています。もしかすると、今日の天気は下り坂?

 昨年後半はどうも星見と縁が薄くなったような気がします。四十路の声が聞こえてきた途端、寒空のもとへ出掛けるのが急に億劫になってしまった? 今年は目立ったイベントはすくないものの8月のペルセ群が好条件らしいので、それくらいは頑張ろう(遠征は無理としても、近場=またレク公園?)かな。以前にも増してマイペース路線に傾倒しそうです。

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2006年12月31日 (日)

argoさん

 一昨日、かな?「今年亡くなられた有名人」みたいな番組をやっていた。岸田今日子といい青島幸夫といい、年末になると駆け込むように鬼籍にはいられる方が出るもんで、「また今年もかー。」の感が強い。

 天文界ではこの春、冨田弘一郎先生というビッグネームの訃報があったが、それにも増して驚いたのは、10月のargoさんの訃報だった。

 面識があったわけではない。10年ほど前に加入した、スペース・フォーラム(ニフティサーブ)のシスオペとして、名前を知っていただけに過ぎない。ただ、似たようなハンドルネームを使っていることにちょっと気が引けていて、「紛らわしいやっちゃなぁ」と思われてるんじゃないかと、内心怯えながら参加させてもらっていたものだった。(私の「Ar」=「えーあーる」は、元々は希ガス元素アルゴンにちなんだ「Ar」なので、「アルゴ」の響きにも親近感を覚えていた)

 来年春にニフティーサーブのサービスが終わると言うことで、その前にその件でご挨拶でも、と思っていたのだが、まさか、そんなに若くして(享年49歳と聞く)亡くなられるとは・・・。ついぞ、その機会を逸してしまった。

 もうだいぶ前の話だけど、年が改まらぬうちに、ご挨拶。 ・・・・・ 謹んでご冥福をお祈りいたします。

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2006年12月30日 (土)

やっと雪が

Vfmi0289_1 28日に降り始めた雪が、ようやく積もった。この日は夕方、会社のあたりで数センチ程度だったが、29日の夕方には、ご覧の通り。

 ドカドカ降られるのは困りものだけど、やっぱり降るときには降ってもらわないと、ね。

 今年も、残すところあと僅か。この正月は、数年ぶりに自宅で迎えることとなった。「帰省」の恒例行事がはずされて、なんか物足りない(代わりばえのない)正月になりそう、です・・・。

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2006年12月14日 (木)

どこまで増えるかな?

リンクを作りました。その名も

   『 Link “会津びと” 』

会津在住とか、会津にゆかりのある人のリンクを増やしたいなと思ってます。

もし、「リンク張ってくんつぇ」って方ありましたら、連絡、くなんしょ。

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2006年12月13日 (水)

これも20年目

 「20years」というと、このライダージャケット(ゴールドウイン製)も20年目です。

      Gwsports

 だいぶ煤けていますが、いまだ現役です。星見に行くとき(厳寒期には更にダウンジャケットを重ねたりはしますが)は勿論、普段の防寒着としても活躍しています。

 当時、3万5千円くらいだったかな? 20年目の今でも、綻びひとつありません。「本当にいいもの」とは、こういうのを言うんだな、とつくづく思います。あと何年、着られるかな?(最近、腹周りがきつくなりつつ・・・)

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2006年12月 8日 (金)

マイナス6%はどーなった?

 いよいよ年末。あちこちからクリスマス・イルミネーション点燈のニュースが聞こえてくる。それも、「昨年よりも何千個増やした」なんてコメントが付いてたりして、ふと思う・・・・

 しばらく前から、「二酸化炭素排出量削減だ」とか言って官民一体のプロジェクトを張ってるような気がするんだけど、どうなってるのかなぁ? 「-6%」とはまるで相反する動きのように思うんだけど・・・・。(「一般家庭の待機電力に比べりゃ、ワケないや」ってこと?)

 最近の電飾で青いのが多かったりするのは、青色LEDのブームなのかな?LEDって電気食わないのかな? それで「-6%」問題もクリアしてるとか???

 揚げ足取りみたいだけど、なんだか気になるんです・・・。

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2006年11月30日 (木)

会津ナンバー取得

 この10月10日から、会津でも地元ナンバーの取得ができるようになりました!これまで福島ナンバーだったのが、新規購入から会津ナンバーとなってるようです。市内でもたまーに見かけるようになって来ました。

Vfmi0287_1 てなことで、今回の車検のついでに、会津ナンバーを取得しました。手続きはディーラーにおまかせで、費用は5250円。希望ナンバーだと8400円(どっちにしても自分で出向 いて行えばもっと安上がりみたいですけど、そこまで暇じゃないし)だったようですが、別に前のナンバーに愛着があったわけでもないので、新ナンバーで良しとしました。スバル・ファンとしては「555」なんて憧れるけど、さすがに恥ずかしい・・・。

 せっかく取ったナンバーも、あと数年で交換になるはずなんだけど・・・・・ま、いいか。

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2006年11月 4日 (土)

美坂高原

 このところ、いい天気が続いてます。子供がお出かけして絵を描きたいというので、三島町美坂高原へ出掛けてみました。国道252号を会津宮下で只見川を渡り、山道約4km。天気は穏やか、紅葉も見頃で最高でした。

Misaka_1    

Momiji_1 園の中ほどの芝生の上で、昼食&お絵かきタイム。ホワイトボードを画板代わりに、遠景の山の絵と、近くの林の絵を30分ほどで書き、満足したようです。その後、園内をサイクリングして帰ってきました。

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 最初の写真の左端にある建物は、園内中ほどに位置する「空色cafe」(逆光で見づらいけど一応、写ってるんです)。オリジナルのスイーツなどで評判のお店のようです。今日は寄れなかったけど、次回はぜひ(最近なぜか甘い物が食べたい)。今年は来週末11・12日で営業終了ということなので、来年のお楽しみということになります・・・。

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2006年10月30日 (月)

20years ~私的回顧録~

 この春、福島県天文協会の総会の席で、協会設立から20年になると言う話がでた。そのころ果たして何をしていただろうかと思い返し、更に今までの足跡を振り返ってみた。以下は、この秋に発行された会の小冊子「ふくしまの星なかま」に投稿したものを一部書き直したものである。

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1)1986年ころ
  今から「20年前」というと、1986年。古くからの天文ファンにとっての86年は、ズバリ「ハレー彗星」だろう。数多くの探査機が核に接近し、話題になったのは大学1年の春休みだった。
 星に興味をもち始めた小学生の頃、図鑑をみて注目していたイベントの一つが、ハレー彗星の接近だった(その他は99年のしし群と、03年の火星大接近。後述?)・・・のだが、あの頃はちょっと捻くれていた時期で、世の中すべてがハレー彗星に便乗したムードが大嫌いで、わざとソッポを向いていた感がある。
 ハレーを見に行ったのは3月はじめ、やぎ座の頭にいたときに友人と宮城蔵王のスキー場まで見に行ったのと、春~初夏の頃、浄土平での「歓送観望会」(そんな名前だったと思う)に出かけた程度だ。「大騒ぎするほどじゃないさ」とシラケ気分の中で夜中のドライブを楽しんでいただけというのが正解かもしれない。今にして思えば貴重な眼視彗星だったわけで、・・・勿体ないことをしたかな。
 大学1~2年の当時、サークル(山形大学地学研究会)の活動のメインは流星のFM電波観測で、それを補完するために眼視観測が並行して行われていた。当時のF観はリスン法だったので、当番制とはいえ一人で1時間も2時間もホワイトノイズを聞いているのはかなりの苦痛を伴った。(そのため、天文班の班長だった3年の春には観測を打ち切ってしまった。その結果「研究会」としての体が急速に薄れていった責は免れないかもしれない)
 それに先立つ85年・大学1年の夏、福島で開催された「アマ天大会」を見に行った。高校時代の先輩K氏の妹が剣舞を披露するからと、福島まで出掛けた(呼び出された?)のだが、記憶にあるのはサークルの先輩の車で会場入りしたことと、寝不足のためにフラフラの状態での参加で気が付いたら帰りの特急つばさの車中だったことくらいなもので、会場で何を見聞したのか全く記憶にない。もしかすると、その席に今の協会関係者が大勢いたのかもしれないが、当時はそんなことなど知る由もない・・・。

2)学生時代 ~1990年まで~
 普通より長く大学にいた計算にはなるが、決して学生の本分を全うしていたわけではない。この間は会津天文同好会への関与は全くなく、協会の動向とも無縁だった。それまで継続していたF観を廃止したサークルのほうは、有力な新入会員の入会のないままに活動は低迷していった。新入会員に知識がないために、活動の主体は観測よりもむしろ「観望」となり、何かイベントのたびに皆を連れ出す、といったスタイルになる。たとえば流星の眼視観測を始めようにも、基本となる星座の知識がないため、出現位置や等級が分からない状態だった。F観ならばそうした知識は必要ないのだが、基礎知識のないままリスン法を強要する(パソコン~当時の主流はまだMS-DOS、NECでいうと88シリーズから9000シリーズへの過渡期の頃?~を使った自動検出の可能性はサークル内でも模索中だったが、完成には至らなかった)のはいかにも無粋で、それならば星を見に出かけることが楽しいのだという形の中から星に興味を持ってもらおう、というのが活動の基本になっていった。
 はじめのうちの大学祭では、天体写真の展示などもしていたが、「何が写っているのかわからない」と言う声もあった(当時は針で突いたような星像の天体写真がブームだったが、そうした写真はむしろ一般受けしなかった)。すると知識のある人間が説明に張り付かねばならなかったりしたため、やがてはこれも廃し、スライドによる星座鑑賞会へと姿を変えた。その準備作業~使う写真の順序やその説明内容を検討する過程~は、各自が星座について調べるなどして、人材不足の状況下でかなり有効に機能したように思う。
 そうした中でやがて、ある想いが次第に募っていった。天文の知識を深める以前に、まずは興味を持ってもらうことが肝要で、そうした活動も天文ファンとしては重要な役目なのではないか、と言うことだった。
 ハレー彗星以降の天文シーンの有名どころというと何だったのだろう?火星の接近などもあったようには思うのだが、ほとんど興味が湧かなかった。基本的に「機材のいらない」流星派で、のんびり眺めるほかはたまに星野写真撮影に出掛ける程度だったのだ。
 記憶に残る観望会(遠征)としては、岡崎‐レビー‐ルデンコ彗星@霊山(89年・イオンテールが美しかった!)、“裏切りの”オースチン・ツアー@胎内、霊山ほか(90年)、レビー彗星@レークライン、那須甲子高原(90年)など。期せずして彗星観望ばかりになったが、いずれもドライブついでの観望会で大挙して出かけたものだった。
 明るくなると評判だったオースチンに際しては、OBなどからも寄付を集め20cmシュミカセの購入に踏み切るという快挙を成し遂げた(大口径で彗星を見ようなんて、望遠鏡メーカーの戦略に乗っけられたみたいだが、大口径鏡購入の名目には打って付けだった)のだが、肝心の彗星は皆さんご存知のとおり期待外れに終わった。結果的にその後、自分専用の撮影用赤道儀(手動ガイド!)として多用されることになったが、他に率先して使う者もなく、学祭用に幾許かの写真を提供したことで勘弁してもらえるのではないかな、と思っている。

3)会天同(再)入会、90年代後半にかけて
 大学を辞めて会津に戻り、ここで改めて会津天文同好会に籍を置くこととなった(はじめに入会したのは高校3年のときで、それまでは中学の時の仲間で会を作っていた)。当時の会長らが、公民館での天文教室の講師を務めていたこともあり、そこに手伝いに行くうちに自分も指導役に就くようになったのが、1992年頃。程なくして事務局として会の運営に携わるようになり、協会の総会に顔を出すようになったのもその頃からになる。
 90年代後半は様々なイベントが目白押しといった感があったので、列挙してみる。
・96年3月 百武第2彗星接近
 3月下旬、おとめ~うしかい~おおぐま~りゅう座を駆け抜けた韋駄天彗星。史上稀なる大彗星となった。
 さらにこの年の夏から翌年春にかけて、ヘール‐ボップ彗星が話題となった。
・97年3月 山田プラザ オープン
 市内の観光施設「山田漆器会館」に隣接し、大型映像シアターが開館した。最上階に20cmクーデ式望遠鏡を設置した、会津初の天文施設でもあった。
 オープンにあたってプラザ側から協力要請があったので、協会の皆さんにお借りした天体写真を展示させていただき、オープンを盛り上げることができました。この場を借りて改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。(2001年3月に閉館)
・同年6月 同好者の集い@会津大学
 初の会津開催ということで、講師に国立天文台の渡部潤一先生を迎え、ポスターの作成・配布など、かなり気合を入れたイベントに仕上げた。
 会津の各学校への案内状送付など、一般の参加も広く呼びかけ準備した結果、100名を超える参加があった。
・98年6月 ポン・ウィンネッケ群突発
 梅雨空で全国的に悪天候だった27日。瓢箪から駒で出くわした、突発流星群。
 現場に居合わせた5名はただオロオロするばかりで、その慌て振りは思い返すだけでも恥ずかしい。当時の会長の機転で国立天文台への第一報を果たした(これが後に日本天文学会の天文功労賞設立と、初受賞へとつながる/2002年3月)。
 突発活動の情報収集にはパソコン通信やインターネットなどの高速情報網が大いに活躍したのも印象的だった。
・同年11月 しし群
 流星雨の出現が大いに期待されたこの日、日本中が大騒ぎになった事は記憶に新しい。
 この時期、会津では晴天率が低いため、2年ほど前からの遠征地探しの結果、アクセスしやすいいわき水石山に決まった。近くにコンビニがあるのが文字通り便利だった。
 水石山到着後の比較的早い時間に、先に陣取っていた人から「大西洋で大出現」の情報を聞き、「それが前哨戦なら本番は?」と大いに期待させられたのだが、実際にはそちらが「本命」だったようで、予想の時刻になっても嵐は訪れなかった。今度も外れた予想に半ば落胆。それでも一頃のペルセ並みの活動振りに、とりあえず満足。
・99年3月 第29回彗星会議@猪苗代
 渡部潤一先生の「ぜひ会津で会議を」の声に応えるべく、当時の会長が奔走した。日程などの主な部分は会議の実行委員が調整していたので、こちらでは会場の確保や参加申し込みの取りまとめ、資料の作成などに当たった。(・・・と言うとさも楽だったかのように思われるかもしれないが、その実かなりヘトヘトだったのは、初日終了後の宴会のせいだけではないはずだ)

5)2000年以降
・2001年11月 しし座流星雨
 この年は水石山に前夜から2泊した。前夜の活動はHR=20前後とおとなしかったが、それはまさに嵐の前の何とやら。
 翌日、D.アッシャー理論の予想通り、日本で大出現をみる。この一夜に数えた流星数は2人で4000個を優に超えた(4時過ぎで計数放棄!)。
 この年、D.アッシャー他、多くの研究者がもたらしたダストトレイル理論によって、流星群予測は新たな局面を迎えたことを知る。
・2003年8~9月 火星大接近
 「6万年ぶり」報道で日本中が大騒ぎ。8月後半から約1ヶ月、毎週のように観望会が続いたのはこの時くらいなものだろう。星に興味を持ち始めた昔には、この頃には大口径(8cmアポというのが当時の一種ステータス)の屈折望遠鏡を持って火星を見に行くのが夢だったが、流れ星中心のお気楽観望派となってからは機材の更新もなく、中学のときに買った短焦点反射をたまに引っ張り出すだけとなっている。今もどちらかというと低倍率での観望にしか使っておらず、惑星観望とはほぼ無縁といえる。

 会として活動は、その頃から徐々に低迷。山田プラザの倒産や例会に使用していた喫茶店の閉店などで、活動の拠点が相次いでなくなったこともあるが、プライベートで時間の調整がつけづらくなるなどで、以前にも増して一堂に会する機会がなくなっている。他の会員からするとちまちまと星見に行っている方なのかもしれないが、仕事の都合などで観望会の予定が立てられないでいる。比較的時間の余裕のあった以前と違って、星空観察の指導の受入件数もずいぶん減ってしまった(月2、3回が限度)。

6)来てしまった「未来」、そしてこれから
 2001年、念願のしし座流星雨との遭遇。03年、火星大接近。気が付けば、ハレー彗星接近と並んで、天文に興味を持った当初から待ち侘びていた「未来」が、過ぎ去ってしまった・・・・・かつて思い描いていた将来像とはちょっと違っていたけど、今も夜空を見上げていることに変わりはない。

 ここまでの間である種の転換期となったのは、奇しくも20年前になる。星を見ることに少し飽きていた時期だったのかもしれない(その予兆がハレー嫌悪か?)。天文班の長として活動しながらも、かつて感じていた夜空に対する感動や畏怖の念が、急速に薄れていくことに困惑していた自分があった。そんな中途半端な姿勢で長を務める事に負い目を感じ、いっそサークルをやめて天文趣味とも訣別しようかとも考えていた。そんなことを打ち明けた友人から「無理に感動を思い出そうとするから逆に感じなくなる」と諭され、「何が何でも観測じゃなく、もっと気楽な活動でもいいじゃないか」との助言も受けた。結果、F観中止などの方針転換を断行することになるのだが、その一方で「自分がかつて抱いた星空への感動は、どうしたら多くの人に伝えられるか」という意識が芽生えていった。そしてサークル時代の試行錯誤の中で、こう思うようにもなった・・・。

   「自分たちの活動で、星に興味を持つ人がひとりでも現れれば嬉しい。
    もし、二人あれば、もっと嬉しい」

 今もこうして気楽に星を眺め、時に星空観察の指導に赴く。そんなスタイルを確立できたのは、まさに1986年の“困惑”と、有意な助言くれた友人たちがあったからだ。
 将来。今より大きな望遠鏡を手に入れて、街角での観望会でも開けたらいいなと思う。そして楽しみなのは、2035年9月2日、関東横断皆既日食。30年後も健常で星を見続けられるか、若い頃の不摂生を思うとかなり不安ではあるが、それが大きな目標だ。

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2006年10月15日 (日)

100円ショップでカレンダー

ちょっと遠出した先の100円ショップで、こんなカレンダーを見つけて買ってきました。Vfmi0265_1

   発売元:株式会社アット

     2007年ジャンボカレンダー 月齢 (品番?:CA-94)

 滅多にカレンダーなんて買わない(貰い物で済ませてる)けど、非常に分かりやすいので買ってみました。105円だし。

こんなカレンダーだったら毎年欲しいなぁ・・・。

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2006年9月23日 (土)

音楽の「9月」問題

前から不思議に思っていたことがある。曲のタイトルに9月とついているものが多いような気がするのだ。例えば、

・九月の雨 /太田裕美
・九月の風 /久保田早紀
・船を出すのなら九月 /中島みゆき
・すみれSeptemberLove /一風堂

有名な洋楽としては

・September /Earth Wind & Fire

があるか。そういえばチューリップにも同じタイトルの曲がある(歌詞の内容はぜんぜん別物だと思うけど)。こうして見ると、曲名に「9月」とつく曲は他の月に比べると圧倒的に多いような気がするのだが、気のせいだろうか。

 

疑問の発端は、実は、オフコースの『I Love You』の歌詞だったりする。

  “ ああ早く 九月になれば ”

・・・って、一体なんやねん?9月になるとどうなる、どうするの?という素朴な疑問があり、しばらくの間その真意が分からずいた(いや、未だにという方が正しいか)。その後チューリップの『September』で

  “ September 九月になれば 
    Remember 君を思い出す ”

という歌詞を知り、「はぁ、夏にはいろんなことがあって秋(あるいは新学期)にもなれば何ぞ含むところがあるんだなぁ」と、察することができた。そこで、はたと気付いたのが、冒頭の疑問だった。そんな心情の変化が曲作りに影響した結果なのだろうか。

その辺の因果関係、何かご存知ですか? あるいは一説でも構いませんので紹介していただければ、と思ったりします。

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「9月」つながりで最後にもう1曲。

松岡直也の「九月の風」。どこか避暑地の小さな島の、さわやかな風を感じさせてくれる秀作です。くつろげます。

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2006年8月22日 (火)

なつやすみのおもいで

 妻の実家への帰省中、子供らを連れて吹浦の海に行った(遊佐町十里塚海水浴場、だったかな)。

 お盆の頃になるとクラゲが出るようになると聞いていたので、はじめから水着は用意しなかったのだが(子供らの着替えだ何だを考えると面倒>ひどい親だ)、結構泳いでる人いましたね。水遊びさせると良かったかなぁ・・・。

 貝殻を探しながら、波打ち際をしばし散歩。風で飛ばされた下の子の帽子を、肩にかけたビデオカメラを気にしつつ拾い上げるのはとってもスリリング。大きな波が来るたびに、足をとられて転ぶんじゃないかと、これもまたスリリング(一応そんな時のための着替えは用意していたけど)。

 端のほうの防波堤まで歩いてちょうどお昼になったので、波打ち際伝い(砂浜は熱くて歩くのが大変なので)に移動して、海の家へ。ん~、「海の家」なんて初めてだ。カレーとラーメンとカキ氷を注文。

 ここで、ラーメンの味にちょっとびっくり。スープの味が、違う。どうも、海のもので出汁を取っているみたい。案外サッパリしていて、結構いけました。(そういえば、羅臼で食べたラーメンも似たようなスープだったかな?・・・って、「海の匂いがする」という程度しか分からないですけどね。)

 昼食後、鳥海山へ(20年ぶり!)。ブルーラインは秋田口から登って鉾立登山口へ。日本海の展望を堪能・・・したのは自分だけかな? 21年前に泊まった山小屋はなくなっていて、渓谷を見下ろす展望台が多分その跡地なんじゃないかな。登山前に記念写真を撮った登山道は、周囲の木の背丈が伸びたのか、だいぶ印象が違っていた。

 ここまで来たらやはり、と、ちょっと上の展望台まで山登り。子供らの手を取り、えっちらおっちら。ここでも子供らそっちのけで、渓谷や日本海の景観を楽しんでしまいました。なつかしや、なつかしや。

 たいがい汗もかいたので、レストハウス(名前忘れた)にもどってジュースと玉コンニャクで休憩。時刻は4時半。いそいで帰りましょー。

 国道7号に出る間際、下の子が突然泣き出す。なんだなんだー!? どうやらお漏らししたみたい。突発事態で国道に下り損ね、まっすぐ旧道だか何だかに迷い込む。やっと車を停められる場所を見つけ(部落の墓場でした)、見ず知らずの方のご先祖様がたに恐縮しつつ、お着替え。

 ようやく国道に戻ってちょっと渋滞。あっという間に夕暮れ6時、夕食時。コンビニに立ち寄ってその場で夕食。車のリアハッチを開けて、おにぎり・サンドイッチ。いつもと違った食事にご満悦?

 食事が済んだら、暮れ行く空を尻目にひたすら帰路を急ぐ。

 途中のドライブインでトイレ休憩。しかーし。下の子はパンツを下ろした瞬間に大洪水。今にも泣き出しそうな雰囲気だったが、「惜しい!間に合わなかったけど、ジャーってなって、面白かったね」と笑ったら、すぐ笑顔に戻った。「ちょっと間に合わなかったけど、よく我慢したね」と褒めれば、少しは教訓?になるか?

 出発10時、帰宅は8時。家に着く間際に素晴らしい星空を眺めたりしたけど、彼らはのちのち思い出してくれるかな?(まだ小さくて無理か)

 

いまとむかし。なつやすみのおもいで。

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2006年8月 2日 (水)

梅雨明けしたの?

ここ数日、晴れ間が増えてきました。星夜も何となく続いています~七夕の晩もちょっと雲が多かったりしたけど、いいあんばいに晴れました。

でもねー。ホントは7月最後にもう一雨降るかと思ったんですよねぇ。それがどうして、前線が南下したまま消滅してしまってるじゃないですか。これじゃぁお流れになった背炙山観望会が浮かばれませんよ。

気象には明るくないけれど、こういう梅雨の開け方をした夏は、結構晴れない~星見に適さない事が多い、と認識してます。北の高気圧からの冷たい北東風で太平洋側はほぼ曇り。奥羽山脈の西側~特に山沿い~では吹き出しの雲で晴れ間が少ない。昼間晴れても、夜はダメというケースが多い・・・・ような気がする。

明晩、星空観察会の依頼があるんだけど、諦め半分で座学用の資料を作ってます・・・・って、いつものやつの焼き直しだけど。

梅雨前線は北上してから消えないと、夏らしい夏になりません。

この夏もハズレかぁ・・・

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2006年6月 8日 (木)

やっぱり納得できない『地デジ』

 地元でも間もなく地上デジタル放送が開始される。アナログ放送終了まで5年だ。確か。

 しかし、それでもなお、納得できない。

 5年後には、現行のテレビが用なしになってしまうのだ。そのテレビはどうなる?中古家電としても用をなさず、ただ廃棄されるだけだ。

 あるいは他の国に中古として売られるようなものもあるのだろう。その様な販路が、十分に確立でもされれば救いようはある。しかし。まだ使える機材がわざわざ買い直しになるのだ。なんとも勿体ない話(経済的なことではなく)ではないか。このようなことが、国の施策として、国を挙げて行われるのだ。それが納得できない。

 もちろん、専用のチューナーだとかを取り付ければ済むのは知っている。ところが、一家に一台はおろか一人に一台どころか、ひと部屋に一台とされ言われる現状に対して、わざわざその様な出費は馬鹿馬鹿しい。そう考える人間は自分だけではないはずだ。買い換えると言っても、地デジ対応のTVは大型の機種ばかりで、手頃な値段とは言い難い(十分調べて言ってるわけじゃないけど、全般にまだ高いでしょ?)。いきおい、「だったら捨てちゃえ」という事だって有り得るだろう。行き着く先は、違法行為・・・・。そんな想像だって難くない現状ではないか。処罰の強化だとかが打開策とは言えないだろう。そんな状況が放置されたままに見えるのが、納得できない理由の一つでもある。

 確かに、アナログ放送中止は前々から告知されている。PSEマークのゴタゴタのようなことは少ないだろう。それにしても、どこのお役所が決めたんだか知らないけれど(通産省?郵政省?どっちにしても古いか)、廃止まで5年という期間はどうなんだろう?TVの耐用年数からして妥当なんだろうか?10年とか15年とか、「もう使ってる人はいないよね?」くらいの長いスパンを持って廃止と言うなら、納得というか妥協も出来るのだが。まさか、「5年で買い換え当たり前」みたいな感覚で決められたとしたら、一般庶民としては納得行かない。「床暖房とウォッシュレット装備は当たり前」と言った、どこかのお役所の官舎だか住宅だかの前例を考えると、一般庶民とお役人様の感覚のずれへの危惧はやはり払拭しきれないし、極端な話「政・財・官そろって何やってんの、何企んだの?」という疑念(いろいろ利権が絡みそうだし)すら禁じないのだ。

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 TVでは今も盛んに女子アナを起用したCFが流されている。「私○○はデジタル○○に」なんてやらされてる彼女らを見るにつけ、気の毒だなぁ、と憐憫の情を催さずにはいられない。

 地元のTV局でも女子アナを起用してキャンペーンを張ってたりして(うちの県だけ?)、そんなPRに張り切っているTV局だかCF制作会社だかの姿勢も、やっぱり納得しかねるのだ・・・・・・(やってることが中央の二番煎じだし)

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 あと5年以内に我が家のTVの少なくとも1台は否応なしに地上デジタル化への対応を迫られる事は必至なわけで、さもなくば情報社会との隔絶は目に見えてるしそんなこと(TVなしの生活)は耐えられるわけもなく、買い換えてるか外付け機器での対応で済ませてるかは分からないけど、やっぱりそれはとても面白くないことなのだ・・・・

 ・・・納得できない・・・

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2006年6月 4日 (日)

湖畔周回数時間の旅~。

Vfmi0175_2昨日は仕事がほぼ半日で終了。快晴で風も心地よかったので、そのまま湖畔周回ドライブに出掛けました。

  まずは会津レクリエーション公園。以前、星見に良さ気なポイントを見つけたのでちょっと偵察。 第1駐車場の西側、奥の方にある広場です。北東側に開けた場所なので、ペルセなんかを見るには良さそうなポイント。右側の松の木の下(この写真じゃ見えないか)に石畳を敷いた場所があって、ここなら機材展開も問題なさそうです。Vfmi0176_1(西側が見えませんが、どうせ街明かりでダメですから。)

 一応公園全体のマップ。GWまえに南側の湿性観察園などがオープンしました。園内をなるべく大きく一周すると、あちこち眺めながら1時間半ほどかかります。

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 公園を出たら笹山地区から中田浜へ。Vfmi0189 湖の青と空の青が美しい。磐梯山が少しかすんで見えるのが残園だけど。

 こんどはVfmi0191 中田浜から更に南下、崎川浜へ向かう峠道の途中から。左側に少しみえる砂浜のあたりは、ジェットスキーを楽しむ人たちで一杯でした。

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 崎川浜から更に南下、赤崎・小倉沢林道で秋山浜へ。途中、木々の間から湖の青が見えるだけで、湖畔ではないけれど、一応、湖に一番近いルートと言うことで。狭隘・対向車(滅多に来ないが郡山側では農作業の車を見かける)と落石に注意。

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  Vfmi0135_1秋山浜・青松浜(写真は3月頃)。磐梯山を正面に望む場所にあります。

 青松浜から鬼沼地区にかけて、湖畔の道路を走ります。ここも眺めが良くていいルート。この季節にはやはりドライブする人が増えるので対向車注意。 

Vfmi0193_1 Vfmi0194_1 鬼沼から船津浜まで再び峠道。藤と???が見頃でした。

 船津浜は、磐梯山のほぼ真っ正面。船津川の河口にあるので砂浜が広い。冬には白鳥も多くやってくるようなので、磐梯山と白鳥のツーショットによさそう。

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 船津浜の先は館浜。3kmほど続く防砂林の向こう側に、凄く狭い、細ながーい砂浜が続きます。浜の北側1kmほど(浜地地区)は私有地となってるのでどんな浜辺かはわかりませんが、夏場の日没は美しそう・・・。

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 浜地地区から北は湖岸沿いの県道を北上。この辺は砂地はなくほとんど岩場。岩盤の露出したところとそうでないところのコントラストを反映し、湖面は表情が豊か。所々エメラルドグリーンに見える様は地中海の雰囲気(言い過ぎ?)。リゾートマンションみたいなのを作りたくなる気持ちも分からないではないが・・・

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 国道49号沿いに出ると、上戸浜・志田浜・天神浜と続きますがここには立ち寄らず、ひたすら西進。西岸の長浜から逸れて、天鏡閣に行ってみました。建物の中には入らなかVfmi0196ったけど、抜けるような青空とさわやかな風の中、天空の月を見上げながらソフトクリームを食べました。

 ひっそりとした佇まいの中に咲いていたヒメシャガ(たぶん)が綺麗でした。(昔、仙台市野草園で見かけて以来のお気に入り。その後近場にもあることはわかりましたが、もう一度野草園へ探しに行きたいなぁ)

 そのあとは戸の口に下りて十六橋を眺め、再び49号に戻って帰路につきました。

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 てなことで、ぐるりと湖畔一周約3時間。綺麗な風景を写真に収めたいと思っても、見た目の感動はカメラにゃ収まりません。しかも携帯のカメラじゃ絵面も決まらず、撮れてもこんな程度よ。(いや、機材のせいだけじゃないのは知ってます)

 

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2006年5月27日 (土)

気がつけば1周年

 「あれ、いつだっけ?」と思い返す、ブログの立ち上げ。昨年5月11日でした。

公開した記事の件数は、もうすぐ100件(自分で書いたのが8割強)。下書き状態のがいくつかあるし、頂き物の記事もあるので、純粋に100件目がどれかはきっと気がつかないままになりそう。最初、タイトルに通し番号を降ろうかと思ったけど、公開中止などで欠番を生じるのも面倒だなと、止めてしまった。失敗したかな?

 だけど、よくもまぁ、愚にもつかぬことをつらつらと書き連ねたな、という感じ。

 きっと明日もどーでもいいことを考え、気が向いたら書き込むことだろう。

 でも、それでいいのだ。

 それが、『よるのちょう』なのだ。

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2006年5月21日 (日)

おはよう!

んー、昨夜随分早く寝たせいで、今朝は珍しく早起きです(これでも)。

この通信室(?)にも朝日が射し込んで、それが気持ちいい。頭の中に流れる曲は、山下達郎の「モーニング・グローリー」でいっぱいになってたりします。

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このところこのブログ、紫光星さんの『星空通信』でいっぱいです。

こうして日々星空に接する、接しようとする行動力(愛情)。それをこのような形で発信し続ける精神力。それこそ、紫光星さんの人間性なのだろうけど、わたしが『星通』を紹介し始めた理由です。

そんなところを、皆さんにも読んでもらいたいなぁ、と。

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  シュワスマン・ワハマン彗星(報じるところによって表現は様々ですが、ドイツ人名であることを考えると「ワ」とか「ヴァ」よりは「シュバスマン・バハマン」の表記がいいんでしょう。個人的には古くからの馴染んだ読み通りに、濁らない「ワ」で表記しています)のことばかり考えているうちに、花の季節を通り過ぎてしまいました。

この時期、というかもう盛りは過ぎたんですが、車を運転していて目に付くのが、道路沿いに植えられたハナミズキ。桜が散った後の若葉の新鮮なところに色を添えるハナミズキの紅白、その新鮮さが好きだったりします。今はもう、あたりの緑が濃くなり過ぎて、微妙なコントラストが当初と違ってしまい、だいぶ印象が変わってしまいました。「旬」って、短いんだねぇ。

Vfmi0165_1 

これは幼稚園の園庭に植えてあるサクランボの花。品種はわからないけど、まさか佐藤錦じゃぁないよね・・・(5/6)

Vfmi0156  

こっちはそれより1週間前(4/30)。伊佐須見神社東側の宮川沿いのサクラ。対岸のソメイヨシノの満開も見事だったけど、神社の森(古代の姿そのままという)に寄り添うように咲く、こちらの小振りな若いサクラも品があって良い。

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2006年4月24日 (月)

『星空通信』掲載開始!

 私の友人、紫光星さんから、『星空通信』というメール(不定期・随時発行)をいただいています。季節の星の話題に自ら撮影した写真を添えた、ちょっとした星空のガイドブックです。私自身、星見の際の参考にさせてもらっています。

 紫光星さんは以前、某天文台に勤めて活躍されていた方で、現在も方々で天体観察の指導をなさっておられます。そんなキャリアを反映しているのでしょう、豊富な知識と独特の切り口で綴られた『星空通信』はなかなかユニークで、兼ねてから多くの人に見てもらいたいと思っていましたが、紫光星さんのご厚意により私のブログ上で掲載するお許しをいただきました。

 今後、“Si☆/紫光星の『星空通信』”という新カテゴリーを設け、毎回掲載していきます。この掲載を通じて星空に興味を持つ人が増えてくれると嬉しいな、と思います。(サーバーの残容量によっては随時旧作を削除することとなりますので、ご了承下さい。といっても、だいぶ先のことでしょうが・・・)

 なお、『星空通信』に掲載されている記事や写真の著作権は、紫光星さんに属します。もしどちらかでご利用になられる場合には、事前にメールでお知らせ下さいますようお願いいたします。

 

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2006年4月13日 (木)

10周年

早いもので今日で10年目。少し早めに家に戻ってみたら、妻不在。下の子が入院(いや、ちょっとした風邪)で付き添いだとか。

別に何かしようと思ったてわけじゃないけれど、やっぱ拍子抜け。

ま、借りていたビデオをノンビリ見られるので良しとしますか。(嘆息)

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2006年4月11日 (火)

病欠

週末から風邪でダウンののち、病欠。なまじ医者に行ったりすると反って弱気になってダウンする傾向があるのだが、今回ばかりはあまりにひどくて無理をする気にもならなかった。それでもそのあと出社するつもりで会社に連絡したら、「あんまり丈夫じゃないんだから休んじゃいなさい」と逆に諭される?始末・・・。医者に行ってからさらに熱も上がって、不快な事この上なし。

今日は午後になってだいぶ熱も引いてきた。腰の痛みは寝過ぎだろうから、体を動かした方が良いんだろうけど、まだ頭クラクラで自由にならない。せめて明日には復帰したいが・・・。

こうして病欠のたびに気になるのは、「星ばかり見てるから」と誤解されること。ぜーんぜん関係ないのになぁ・・・・。

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2006年3月12日 (日)

はるはきらい

雪解けが進んであたりに草木の芽吹きが感じられる。そういえば、ちょっと前まではあんなに眩しかった出勤時の車内に差し込む朝日が、今では気にならないほどに角度を増している。やがて春休み、新学期のシーズン。ふつうなら、心浮き立つ季節・・・・な筈なのだが・・・。

 どうも自分には今ひとつ、というか、むしろ憂鬱。

何なのだろう?学生時代の留年の記憶なのかとも考えたのだが、実はそれ以前から春休みの憂鬱というのはあったように思う。結局、新しい環境への移行の不安がその正体なんだろうな。人と顔を合わせるのが苦痛になる。それが募るとやがて、何もかもうっちゃって何処かにふらっと出かけたい衝動に駆られる。それでも結局は、そこに戻るしかないんだと知りつつも・・・。

そんな所在無い気持ちになる春は、やっぱりキライ。

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2006年2月28日 (火)

『銀のロマンチック・・・わはは』/川原泉(白泉社)

荒川選手、お疲れさまでした。今大会唯一の金メダル。しかも日本人初の快挙に、胸の空く思いでした。ぺつに国粋主義とか国歌信望者というわけじゃないけれど、ああいう舞台の、しかも表彰式で聞く君が代にはやはり特別なものがあります。昨今の“国歌・国旗の強制反対”みたいな風潮の中で、学校の式典などで君が代に触れることなく育った若者たちにはどんな風に聞こえるのかなぁ・・・。
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対外的には「君」が意味するところであるとか、国歌として登場した頃などの時代背景をもってして国歌としてふさわしいかどうかが議論されているのだろうけど(詳しくは知りません)、永久の繁栄を願った詩としてはわかりやすくて良いじゃないかと思うのだけれども・・・。何かイデオロギーみたいなものには鈍感なので、そういったことで否定されてしまう現状は何だかさびしいものがあります。
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 ・・・そんな堅い話はさておき。

こんなふうにフィギュアスケートが話題になると決まって思い出すのが、表題のコミック。単純にストーリーを紹介すると、「スピードスケートを怪我のために諦めた男子と、バレエの素質なし(それ以前)と断言された女子とがひょんなことからペアを組み・・・・彼らのクワドラプル・ルッツはやがて世界を席巻する?」という感じか。タイトルの『わはは』の部分が物語るとおり、断じてスポ根物ではない。あくまでもコメディなのだが侮ることなかれ。ラスト10ページは泣けます。(一見ほのぼのした空気でお気楽に進むストーリーが急転直下シリアス物に変化してホロリとさせるあたりが川原コミックの真骨頂か?)

同じ白泉社の『動物のお医者さん』(佐々木倫子)がドラマ化された(二階堂役の要潤とか、菱沼役の和久井映見など、脇役がいい味出してた)ときには「続けて白泉社モノを!」と期待したのだが、そうはイカの塩辛。フィギュアスケートがちょっと話題の今、『わはは』のドラマ化は・・・・って、もうちょっと盛り上がらないとダメか。

ドラマ化されたとしても、1クール引っ張るのは辛いかな?かといって2時間物でも辛かろう・・・。配役はまぁ今時のタレントを使うとして、「パワフル・コンポジション」をどう再現するかは見ものである。

川原もので2時間で行くとしたらむしろ、短編の『美貌の果実』シリーズなんて面白そうなんだけどなぁ。『美貌の果実』『愚者の楽園』(えらい哲学的でしょ?でもサブタイトルは「―8月はとぼけてる―」だ)なんかは見てみたいと思う。でも、『美貌』で語られる蘊蓄の数々(コミックとは思えない活字情報量)が時間的制約で削られちゃうのは川原らしさの欠如になりそうで心配。さらに牛馬が語り合う『大地の貴族』はその演出が気になってしまう。そんな演出家・脚本家によるさじ加減が見所になりそうだよな。

 

少女マンガで言うと吉田秋生の『吉祥天女』なんかも面白そうなんだけどな。それともすでになってたのかな??

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2006年2月17日 (金)

トリノ・オリンピック

いやー面白いですね、スノーボードクロス。あんな派手なスポーツに日本人の参加はないだろうと思ってたんですが、ちゃんと競技者はいるんですね。競技環境自体がないか、あったとしてもかなり貧弱だろうと思い、参加してないんじゃないかと思ってた。日本人選手の入賞こそ果たせなかったものの、昨日今日と楽しませてもらいました。

このところ、うちの母が毎日怒ってます。日本のメダル獲得がないから。・・・確かにひどすぎます・・・。

前々から思ってたんだけど、今回の選手たちって、みなそろって「オリンピックを楽しんできます」って言ってたよね?全員が、とは言わないけど、少なくとも自分が見た範囲では「負けないぞ」と言った選手がいなかったようにおもう。何だかみんなサバサバしすぎ?勝利に向かう執念みたいなものがまるで感じられなくて、それを思うと母の憤慨ももっともだと思う。

確かに、気楽に構えて挑んでメダルなんか取っちゃえばカッコいいかも知れないし、「ニッポンのためにがんばります」なんて意気込んで、力んで負けるのはこのご時世に合わないのかもしれない。まー、これがその辺で開催してる、自分でエントリーして参加するような競技会ならまだしも、いちおうはオリンピック委員会なんかならそれなりの(雀の涙ほどかもしれないかど)バックアップを受けて日の丸背負って参加してるんだから、そういう自覚くらいは見せて欲しいなーと思うわけだ。それもなしに「だめでしたー」じゃ傍目には納得できないぞ、と。

このあと何種目くらい残ってるんだか知らないけど、朗報を期待してますゾ。

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2006年1月29日 (日)

スケート2回目

幼稚園の娘が月末スケート教室があるということで、先週初めてスケート場に連れて行った。自分は学生のとき以来、ほぼ20年ぶりだ。娘に教えるどころか自分だってかなり怪しいのに。

最初は、一度転んだら大泣きしてすぐ帰ることになるだろうと思っていた。ところがぎっちょんちょん。娘は初めてのことにものすごく慎重なので、ぜんぜん転ばなかったのである。もちろん、始終手をつないでいたからではあるのだが、はじめはフェンスにつかまりながら、そしてリンクを3周もする頃にはすこしだが手を離したままで歩けるようになっていて、運動音痴の自分の子とは思えない上達振り?を見せたのだ。びっくり。(この日は休憩を何度か挟んでリンクを5周、2時間ほど遊んできた)

たぶん転びたくない一心の結果で、滑ろうと言う意思はまだなさそうなのだが、それはそれで楽しかったらしく、「また来週も来たい」とか言いだしたのだ(入場料・貸靴料、結構お金かかるのに〜)。そこで翌日歯医者で治療の予定があったので、「ちゃんと歯を直せたらまた行こう」(これまで3回、大泣きして治療を延期していた)という約束をしたところ、今度は泣くことなく見事それをクリアしてしまった。これまたビックリ。

で、今日は2回目のスケートに行くのであった。しかも、お昼ごはん持参で行こうとしている。明日、また歯の治療があるのでそれも泣かずにできたら翌週もスケート、と言っているらしい。何だか、やる気満々だ。すげー。今日は滑るところ(まだペンギン歩きでスケーティングになっていない)までいくのかな?・・・というか、どうやったら滑り方を教えられるんだろう?自分は見様見真似で何とか滑ってる程度なので、教え方など皆目が見当がつかないのだ。どーなることやら。

様子を見て自由に周回したいところなのだが、一人ぼっちが嫌いな娘が良しというわけもなく・・・・そんなときが来るまでノンビリやるしかないか。

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世の中並べてDVD

昨年暮れに行われた娘の発表会のビデオが届いた。

聞くところによるとクラスでVHSで注文したのはうちだけで、他はみなDVDだったとか。すっげー。みんなDVDプレイヤー持ってるのね。去年の夏、テレビを買い換えたときにビデオデッキも不調だったので一緒に買ったけど、まださほどの必要性を感じなかったので、DVD一体型はまったく考慮しなかったのだな(せいぜい自分がたまにレンタルしてパソコンで再生して見る程度で、家族の総意としての需要がなかった)。我が家だけ取り残された気がして、何だかショック。

先日も娘が幼児雑誌の付録のDVDをCDテレビで再生しようとし、当然見られなくてむくれていたらしい(操作したのは爺だか婆だか知らないが、当然DVDとCDの区別はつかない)。何とも気の毒・・・。

個人的にゲーム機能付のDVDプレイヤー(プレステ2とも言う)購入を目論んではいたのだが、5000円程度のプレイヤーでさえも小言をもらいそうな現状なのに、そんなものを大っぴらに買ってはどうなることやら・・・。

 家族の総意・・・・実現はまだまだ先のように思える。

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2006年1月 5日 (木)

2006初夢=SW3

ちょっと前にも書いたけど、改めまして「明けおめ」です。年賀状に「ブログ見てるよ」なんて書いていただけると素直にうれしい反面、「バカなこと書けないナ」なんて変なプレッシャーを感じたりして。まぁ、書いてる人間が所詮「その程度」なので今更カッコつけてもしょうがない、と開き直ってますが・・・。それでも適当にツッコミでもコメントしてってもらえるともっと嬉しいのでヨロシク、であります。

   −−−−−−−

珍しく、初夢を見ました。

 シュワスマン−ワハマン第3彗星の夢。

見上げた夜空(空の状態はかなりいい場所)に、ぼんやり浮かんだ綿ゴミが3つ。肉眼光度の彗星が3つ見えるというものでした。IRAS−荒貴−オルコックみたいなイメージで、尾はありませんでした。(夢のくせに妙なところで現実的)

何となく色つきの夢だったんだけど、「ジャコビニ群の夢」事件のことを考えると、正夢にはなりそうもない??

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2005年12月13日 (火)

『雪がこんことふる中で』

雪が降っている。土曜日の雪は大きな牡丹雪だったが、今日の夕方から降り出した雪は、それよりも細かい。天気予報風に言えば、上空に寒気が入り込んでいるせいだ。今週はどうも雪マークが続いているみたいだ。ふたご群のワテック観望は無理みたい・・・。

さて、雪。大きな雪がわさわさと降っていると、いつも頭に浮かぶ文言がある。小学校の頃、何かの児童画コンクール(冬休みの課題だったように覚えているが???)でもらった賞状の文章の一部である。

それは、『雪がこんことふる中で』の書き出しで始まり、「あなたが一所懸命描いた絵はすばらしい。よって表彰します」みたいな内容が続いた後で、確かふたたび『雪がこんことふる中で』の文で終わる賞状だった。

自分が取れる賞だから、まぁ参加賞みたいなものだったとは思うし、何を書いたのかすら忘れてはいるのだが、その繰り返された文がなんとも詩的で、いまだに印象深い。

来年、上の子が入学だ。するとやはり同じようなコンクールに出展するんだろうと思うが、またあの賞状の文言を見てみたいな、と変な期待を抱いている。それのためには、冬休みに一所懸命描いてもらわなくちゃいかんのだ。雪がこんこと降る中で。

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2005年11月29日 (火)

がんばれ、はやぶさ(4)サンプル採集成功!

やりました! 試料採集に成功したみたいです。

26日朝、出社直前にライヴページを覗いたところ「トラブルを抱えて上昇中」みたいな記述があったので、諦め半分な気分で仕事をしてました。帰宅後はしばらくニュース番組を転々としたものの一向に関連の報道にめぐりあえないままでした。深夜になってJAXAのホームページで「採取成功」の文字を認め、ようやく一安心です。翌日の朝刊(福島民報)では1面の約3分の1を飾った(朝青龍7連覇の3倍!)ほか、社会面の中央見開き(約半ページ)で記事が載ってました。もちろん、会津大学の貢献があったとことも大々的に紹介されてます。

今日はさらに詳しい状況が公開されました。そのほか関連のニュース一覧はこちらから

いくつものトラブルに見舞われながらも、はやぶさは3億kmの彼方で孤独なミッションを遂行しつつあります。今後、何億kmもの帰路に就きます。最終的にはオーストラリアへの試料降下まで、いくつもの試練が待っていることと思いますが、何とか無事乗り切って、世界初の快挙(小惑星のサンプルリターン)を成し遂げてもらいたいものです。

 がんばれ、はやぶさ!

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もうすぐサンタがやって来る。(?)

このところ恒例となりつつある?年末の装備更新。今年も敢行。入荷まで3ヶ月待ちらしいので期待してなかったけど、今週中に届いちゃうみたい。金額的には中古のデジタル一眼ボディと同じくらいでちょっと迷った。

今後の課題はHDDの容量UP、キャプチャボード増設(ロープロファイルのってあるの?)など、かな。本格運用開始はいつになるやら?(「本格」ったって常時観測体制を構築するわけじゃないから大したことじゃないんだけど、ゆくゆくは訳のわからん小規模群の検出みたいなことをしてみたいので。>10月の高速くじら群とか、11月の北天群とか、1月の南天群とか・・・って、どこまで本気なんだか。)

WAT−501とかいうカラーのモジュールなんてのも気になるし、ポルタR130Sfなんてなかなかリーズナブルで迷ったんだけどなぁ・・・(何をいまさら!)。来年はポルタかな?

 ポルタにR−100Sを載せられないか?とも考えたんだけど、ボロボロのR−100Sのために鏡筒バンドやアタッチメントなどを買い揃えることを思うと、この際130Sfに買い替えたほうが実用的・・・・。

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2005年11月25日 (金)

焚き火の煙も同じかも

 いやな上司と仕事はタバコの煙に似ている。煙たいと思うほど、まとわりついてくる・・・・。

 

なるべく関わりたくない上司とかやりたくないと思っている仕事ほど、自分に身近なものとなるような気がする。そのうちそっちの部署に引き抜かれそうな気配が・・・・。 

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2005年11月23日 (水)

スペースタワー コスモハウス

VFMI0072a 宮城県角田市の「スペースタワー コスモハウス」に行ってきた。市の中心部にある台山公園のてっぺんにあり、右のタワーとH−2ロケットが目印。

実物大模型であるH−2ロケット本体は高さ49m、直径は4m。隣のスペースタワー(44.9m)は発射台を模した展望台だ。タワー入り口となるのが、「コスモハウス」で、入館料は高校生以上が310円だった。

 

「コスモハウス」の展示室には国産ロケットや人工衛星などが展示されている。ここの目玉はこの地にある宇宙航空研究開発機構において開発された、H−2ロケット2段目のエンジン「LE−5A」の実物大模型なんだろう。しかし。中央にあって一際目を引くのが、NASAの惑星探査機「ボイジャー」の模型(原寸大)だ。

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・・・写真ブレまくり。模型とはいえ、今まさに太陽系を飛び出そうとしているボイジャーが目の前にあるのがうれしい。「打ち上げの際にはどんな風にフェアリングに収納されているんだろう?」なんて可動部と思われるところを探しまくったりして、結構楽しめた。(いまだに疑問なのは全長13mにも及ぶ磁力計の展開ギミック。深さ50cmほどの円筒容器の中にどんなふうにして収納されているんだろうか。ここの展示ではそこまでは判らなかった)

展示物として驚いたのが、H−2Aロケット用の発射台の模型。ボタンを押すと施設の紹介ののち、ロケットを収納していた発射台が展開、そして打ち上げと、ギミックとしては単純かもしれないけど(この説明も簡単すぎるな)なんともドラマチックな演出を見せてくれる。一見の価値あり。(展示ケースの反射が強くていい写真が撮れなかった)

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角田市に向かう途中、イラストレーターKAGAYA氏の「アルテミス」を車体に描いたバスを見つけた。中古車両として展示されていた観光バス(千葉ナンバー)のもの。 ブルーの車体の両側面と後部に描かれていた。ただ、鏃の後ろにあるはずのプレアデスが書かれていないなどオリジナルとは別物。氏の意匠によるものなのかどうかはわからないが・・・。

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2005年11月21日 (月)

秋を探しに

VFMI0050a すこーし前、ケータイ片手に秋を探しに出かけてみた。  

VFMI0048a1)神指城跡のケヤキと桜。赤とんぼがいっぱい飛んでいた。

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VFMI0052a 2)雄国沼北側と中央部。南側は雲が切れるのを待ったけどなかなか晴れずに撮影できなかった。というか、後で撮るつもりだったのを忘れた。水面は強風のため時々白波が・・・。

VFMI0053 3)沼辺の南西部を周回する遊歩道。初夏にはニッコウキスゲの群落となる。少し前に雨が続いたせいか、水位が高いような気がする。足元を見ながら歩くと、木道に打ち寄せる細波で目が回りそうで気持ち悪い。そのため周回は断念。

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4)麓へ降りる途中で。紅葉の鮮やかさは今一つだけど、時折見える青空とのコントラストが素晴らしかった。

VFMI0059a 5)大塩峠、あららぎ峠を経て桧原湖畔へ。早稲沢にある「会津・米沢街道桧原歴史館」で一休み。静かな湖面を眺めながらのコーヒーは格別。

VFMI0061a 6)レンゲ沼そばの「裏磐梯サイトステーション」から、日没間近の磐梯山を望む。夕暮VFMI0063aれが早い。

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2005年11月17日 (木)

勇者おうそう七回忌

 間もなく、友人おうそうの七回忌だ。今回はおたふくが長引いたせいで、出席を見合わせた。残念。

 前回集まったときには、仲間で写真を撮る際に一緒に写ってくれないかと不謹慎なことを秘かに期待したりしたのだが、残念ながらそんなことはなかった。仮に現れてくれたとしてもそれは、すでに世を儚んでしまった者を徒に呼び戻すようで悪いよな気もするし、それはそれで良かったのかもしれないが・・・・。

 

 おうそうとの出会いは1986年だ。サークルの後輩として小白川で会ったのか、Tに連れられて米沢に来たのかは忘れたが、米沢に移行してくる前からその陽気さは評判だった。
 翌春の移行後は、星見に行ったりバイクでツーリングに行ったりと、よくまあ遊び相手になってくれたものだった。もちろん、アパートにも押しかけ、夜通し騒いだりもした。(一応先輩だから断れなかったのかな?気の毒なことをしたかも)

 同行したツーリングやドライブは数知れない。近場の峠はもちろん、よく太平洋も日本海も見に行ったし、北は北海道を1周したりもした。北海道ツーリングでは道に迷って半日i以上、林道(すべてダート)を一緒に彷徨ったこともあったっけ。合宿の下見を深夜に持ちかけ、そのまま出発なんてこともあった。
 星見へは彼の愛車カナブン・ミラを出してもらい、白布峠や浄土平、霊山、胎内などへ何度も出かけた。たとえ晴れ間の望めなさそうな遠征でも、実によく付き合ってくれた。写真撮影の装備も整っていたので、学際展示用の撮影には毎晩のように引張りまわしたものだった。
 そのたび彼は「えーっ、行くんですか〜」と言うものの、二言目には笑顔で「行きましょう!」と乗ってくれた。毎回毎回迷惑だったろうに、そんな素振りも見せない。不思議な男だった。

 彼が卒業してからは、残念ながらほとんど会う機会がなかった。時々先述のTとよく遊んでいるとは聞いたのだが。それが、Tからのまさかの電話。どうしてあんな事になったのか。仕事か何かでストレスを抱えてしまったのだろうか? 事の真相、当時の状況。何となく聞きそびれたまま、現在に至っている。

 学生当時から不思議だったのは、彼の身に浮いた話が聞こえてこなかったことだ。自分が気付かなかっただけかもしれないが、少なくとも一緒に遊びまわっている中でそのような相手がいたとは思えない。果たして就職後はどうだったのだろう? 人付き合いも上手だったし、女の子からも慕われていた彼だから、その気になれば彼女の一人や二人すぐにも現れそうなものなのに。そんな相手にめぐりあっていれば、ギリギリまで何かを抱え込むこともなかったのではないか。・・・・あるいは、そういう存在の有無自体が原因だったのかもしれないが、全ては自分の不毛な憶測に過ぎない。

 結局おうそうは、心の闇から開放されるために、自らの命を断ち切るしかなかったのだろう。発作的なものだったとは聞く。それはもはやどうしようもないのだが、それ以前に、自分たちが、何か力になれなかったかと思うと、やはりやり切れない。

 今でも、星見に行くときにはおうそうの写真を持って行く。晴れ男だったあいつの験を担ぐ意味もあるし、また、あの頃のように一緒に星見をしたいから・・・・。星を見ることが好きだった(と思うよ)あいつへの、せめてもの贖罪として・・・・なんて言うと大仰しすぎるか。

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2005年11月14日 (月)

山大地研発表会

今年も山大地研の発表会の案内状が届いた。毎年12月上旬(今年は10日土曜)の恒例行事だ。

発表会は、地学研究会を構成する3班(気象・地質・天文)が、それぞれ毎年の研究成果を発表する場である。活動の要たる1年生が共同で資料の作成・発表に当たるのが恒となっている。今年も多分そうだろう。

自分たちもそのようにしてきた。ただ、何夜も徹夜でデータ集計し結果を討論する中においては、「何でこんなことをしなくちゃならんのだ?」と言う疑問のほうが、むしろ大きかった(1週間程度の突貫でやろうとするから余裕がなかった)。公開の対象がOBにほぼ限定されていたから、見ず知らずのOBのために用意されたイベントなんじゃないかとさえ思った。ほかの仲間はどうだったか知らないけれど・・・・。(一般公開されたイベントだったら、もっと張り合いがあったのかな?)

 

昨年、10年振りくらいで発表会を見てようやく確信したことが一つあった。

それは、このイベントが実は卒業研究の論文作成だとか発表だとかの予行演習に過ぎないと言うこと。

サークルの顧問が教育学部の先生である事も、そのようなイベントが恒例行事化されていることと無関係ではないかもしれないし、学生自体が自主的に始めただけかもしれない。いずれにしても「やがて必要な道」として、設けられた場なのだろうと、ようやく気が付いた。(阿呆)

だからまぁ、もし「かったりー」みたいなことで行き詰ることがあったなら、そんな背景を思い浮かべて乗り切って欲しい。・・・・講座に入ることなく大学を去ったアホウから言われるまでもないことだろうけど。

 

山形を去ってからどれくらい経つ?土星が半周か? 案内状をもらう度に、山形で、小白川で過ごした日々を懐かしく思い起こしていた。そのときの仲間を、やり取りの一つ一つを。1葉のはがきは、そんなシーンへの『永久帰還装置』みたいなものかもしれない。

それにしてももう、今年の発表者たちのすでに倍を生きてきた身だ。若者たちの好意に甘えて毎回案内を送ってもらっていたのだが、それもここいらが潮時なのかもしれない。不惑の声が近づく身にしてようやく思い始めている。

 

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2005年11月12日 (土)

がんばれ、はやぶさ(2)

11月12日15時24分(はやぶさ機上時刻)、小型ローバー「ミネルバ」が投下されました。

本来ならば4日のリハーサル降下の際に投下されるはずでしたが、幾つかのトラブルのため中止となっていました。9日の再降下試験においてそれらの問題のクリアが確認され、本日午後の再リハーサル降下実施に至ったものです。

「ミネルバ」の投下は、おおきな岩犀の比較的少ない「ミューゼス海」上空で行われたものの、イトカワへの着地には失敗した模様。(詳細はこちら。せめて重力圏にとどまり、人工衛星にならないものか?)

今後はいよいよ試料採集です。予定は次のとおり。
 11月19日 署名入りターゲットマーカを用いて第1回目の着陸と試料採取
 11月25日 2回目の着陸と試料採取

 

3億km彼方の彼に熱いエールを!

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2005年11月11日 (金)

おたふくかぜ

9月末。上の子が幼稚園でおたふくかぜをもらってきた。熱は出ないのですこぶる元気。3日ほどで腫れもひいて登園開始。

10月中旬。二番目も顔がふっくら。これも3〜4日で回復。

 

先週末。耳の下が痛い。日曜には食事もままならない。明けて月曜、病院にいくと、家族の経過からしておたふくの可能性ありの診断。痛み止めなどを処方してもらったが、熱も出ないのでそのまま出社。

おととい。午後あたりから弾(弾倉と言うべきか)が痛む。微熱。

翌日。やはり朝から微熱。昼近くになって歩くのに触ると痛むようになる。薬もなくなる頃だったので、午後外出して病院へ。ちょっと強めの痛み止めをもらう(静養を勧められた)。帰宅後、熱ちょっと高め。深夜には平熱に戻ったのだが・・・・

今朝。熱はやや高め。薬のせいか痛みはさほどでもなく高熱が出そうな雰囲気ではないのだが、やはり腫れているのでいよいよ会社を休んだ。で、こうしてパソコンに向かっている。いちおう安静にしているつもり。 

 

夕べ、いつも一緒に残業をしている2人(独身者)と話をしていたら、どちらもおたふくをやってないと言う。

あーあ。うつったらごめんよぉ。

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2005年10月30日 (日)

乱れ林檎

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幼稚園の園庭にて。

ほとんどの葉を落とした林檎の枝先に、季節外れの花ひとひら。

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2005年10月23日 (日)

J女史のこと

少し前まで、うちの会社に技術指導のために派遣されていた人のこと。

歯に衣着せぬ物言いで、物事の核心を突いてくる。明瞭簡潔。きっと、「竹を割ったような性格」といえばいいのだろう。

いや、むしろ・・・

『竹を割って生まれたような』、か?

 

一緒に来ていたB氏もまた、ストレートな人だった。2人とも実に声がよく通り、控えめに言っても「やかましい」。ラインを眺めつつあーだこーだと批判する囁きは、全部とは言わないまでも耳に入っちゃいますから。せめて部屋の隅でやっててくれ〜〜〜。

今度はいつ来るのかな・・・。あー、うっとおしい。

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2005年9月30日 (金)

秋祭りも終わって・・・

秋祭りが終わって約1週間。稲刈りもかなり進んで、霧の出る朝が増えた。今夜はすごくいい天気だ。もちろん、冷えてきた。きっと明日(というか、もう今日か。)の朝は、濃霧だろう。

今はまだ、霧が出るのは明け方が多い。稲刈りが終わる頃になると、夜半前からガスがかかるようになり、何となく星が見づらくなる。10月も後半になるとそのガスは高度を下げつつ濃くなり、夜霧の季節に突入する。やがて川霧も増え、星見のシーズンはほぼ終わりだ。

 

10月は火星が観望後期。30日に最接近となる。

2年前の大接近のとき、「次の接近の時までには屈折望遠鏡が欲しいな」と思ったりしたが、結局購入予定がたたない。今年はどうやって見ようかな・・・。

 

この金・土・日は、石川町スターライトフェスティバルだ。おそらく今は、県内最大の星見イベントだ。かねてから一度行きたいと思いつつ、今年も行けそうにない。いつになったら行けるやら・・・。

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2005年9月29日 (木)

朝令暮改、日常茶飯事

朝、来月の出勤日のカレンダーが出た。いつもより1日早い。

昼過ぎ。今週末が出勤に変更された。

・・・毎度のことだけど・・・。

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2005年9月19日 (月)

がんばれ、はやぶさ

今日、会津大学で日本惑星科学会の一般講演会がある。JAXAの小惑星探査機「はやぶさ」が「イトカワ」へ無事到着したことを受けての学会開催ということもあり、楽しみだ。

講演会の演題は次の2本。

  • 「太陽系の果てを探る」 渡部潤一助教授(国立天文台)
  • 「小惑星を探査する」  藤原顕教授(ISAS/JAXA)

「はやぶさ」は現在「イトカワ」上空20kmにて待機。今後、各種測定・観測を行った後に「イトカワ」へ接近、探査ロボット「ミネルバ」の投下や、土壌サンプルの回収を試みる。そして今年12月にはすべての探査を終え、地球への帰還(2007年6月)を目指す。

 

小惑星へのタッチダウン&サンプル回収も魅力的だけど、今「はやぶさ」から見ている「イトカワ」の姿って、どんなふうに見えるんだろう。

 20km地点から見る長軸540mの物体。

洋上で探す航空母艦(よりは大きいか。)みたいなものかな?

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2005年9月15日 (木)

夜露とフォーマルハウト

仕事が終わって帰宅時、停めた車に夜露が下りていた。澄んだ夜風をとおして降る月光はちょっと冷ややかだけど、夜露に濡れた窓越しに見る月の光は、まだちょっと暖かみがあるように思う。まだ低い位置の月だから、かな?

 おそらく今夜は、このあと霧が出るんだろう・・・。

よく晴れた秋の夜には、盆地という地形からか、決まって霧が出る。稲刈りの頃になると夜半前に霧が出始め、翌朝は濃霧の底に沈む。だんだんそんな季節になったのだろう。そういえば来週末は、秋祭りだ。夜露が秋を実感させてくれたみたいだ。

 

帰路。月明かりに半ば溶けるようにして、みなみのひとつぼしが輝いていた。東の空にはペガススに引き連れられた秋の星座たち。そして、来月末の最接近を控え、炯々と輝く赤い星。虫の音と共に、静かに星は巡っている。

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2005年9月 4日 (日)

吾妻小富士

晴れないとは知りつつ、スカイラインに上った。晴れれば吾妻小富士に登っておにぎりでも食べようと、朝から弟とケンカばかりしていた娘を誘った。

ちょうどお昼に浄土平到着。でも霧の中で、半袖では肌寒い。車中で持ってきたおにぎりを食べ、ビジターセンター浄土平天文台を見学。天文台では、ここで撮影された天体写真の豊富さ・美しさに圧倒された。さすが、「ほんとうの空のあるうつくしま」のお膝元。かつて『星空への招待』が開催されていた頃の星空が戻ってきたかのような懐かしさを覚えた。お土産にオリジナルDVDと、娘は星座早見付きの星座案内(えーと、タイトル忘れた)を買った。

そうしているうちに霧が晴れたので、小富士登山を敢行。途中、疲れたといって弱音を吐くんじゃないかと思っていたが、意外にも無事火口を一周して下りてきた。雲が多く景観はいまひとつだったが、娘はあっという間に小さくなった駐車場の車に驚き、それなりに満足したようだった。今度は晴れた日に、福島盆地とか雲海を見せてやりたいものだ。

 

吾妻小富士に登ったのは10年ぶりくらいだろうか。昔、学生時代に登って友人たちと写真を撮った大岩が、すっかり崩れていたように思う。あれから20年にもなるのだから無理もないか。相馬の鵜の尾崎の景観がすっかり変わってしまったのと同様の寂寥感を禁じえなかった。

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2005年8月29日 (月)

格好悪いと思う。

先週の帰宅時。前を走る車の窓から、タバコの吸い殻が投げ捨てられた。

別に、道路をきれいにしようとか言うつもりではない。ただただ、後ろから見ていてみっともないのだ。

 

学生時代、やはりタバコの投げ捨てをする友人がいた(自分は吸わない)。同じ車の中で、その仕草を見ている分にはあまり感じなかったのだが、バイクか何かで追走した時に放り出された吸い殻を見て、その行為がとても格好悪く見えたのだ。本人からしてみれば、別に格好つけてるわけでもなく無意識の仕草なのだろうが、何だか気に障った。だから、余計なお世話と知りつつもそのことを本人に告げたととがあった。

それでその後やめたかどうかは知らない。何だ口喧しいな、ぐらいにしか思わなかったかもしれない。それでも何だか、言わずにはいられなかった。

 

マナーがなってないとか、非難するつもりはない。自分だって他からみれば非難されるようなことはしてるし。だからこそ、お互い「かっこわるいなぁ」ぐらいの自制の意識は忘れないでいたいなぁと思うのだった。

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2005年8月27日 (土)

ドタキャン

台風一過。ようやくちょっと晴れた。星が数個程度だけど。

数日前、突然今日の出社を言い渡され、仕事になった。本当は夕方、星空観察会の依頼が入っていたのだが、キャンセルせざるを得なかった。代わりの講師が都合出来たかどうか、気懸かり。

 

ここ数年、直前まで翌月の予定が立てられない(休日や交替勤務のシフトが決まらない)状態だったが、それなりに読んで依頼を引き受けてきた。急の出社でも多少の無理は利いたし、いざとなれば有給を使ってクリアするという手もあったのだが。

今月というかお盆明けに新しい生産ラインが立ち上がり、それに併せて社内の班長的立場になったこともあって、こうなると私用で休むのは申し訳ないし、定時で上がれる状況でもなくなってしまった。う゛〜。

こうなるともう、そう簡単に(いや、これまでだって簡単ではなかった)依頼を受けるわけにはいかなくなるな〜。来週土曜日にも、別な依頼が入っている。片道1時間半。仕事は今のところ休みだが、何だか怪しいぞ。誰か代わりはいないかなぁ・・・。

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2005年8月22日 (月)

何だか、腹立たしい事

この地区でも、まもなくテレビの地上デジタル放送が始まるらしい。そして、2011年7月には従来のアナログ放送は終了するらしい。あと6年か・・・。

それにしたって、そのためにわざわざデジタル対応TVやチューナーを用意しなくてならないとは・・・。なんだか国策?に則って買い換えを強要されているようで面白くない。きっと、ものすごい経済効果なんだろうな。まるで業界の販売促進に国が荷担してるみたいじゃないか。(それとも逆なのか?どっちにしたって巨大な反感を買いそうな発言なのかも?)

もしかすると。「○年以内にガソリンスタンドを廃止するのでガソリン車は使えなくなります。電気自動車に買い換えてください」なんて事は、まさかないだろうと思うけど、デジタル化への移行の経緯を思うと、このガソリン車の例えは極論だとしても、どんな方面にでもありえそうな話に見えてきて腹立たしい・・・というか、それを通り越して空恐ろしい気分にすらなってくる・・・。

 ・・・・・

早い話が、家のTVを買い換えるにあたり現行の地上波対応TVが一様に大型高価なので、なんだかなーと思った次第。アナログ終了頃には今まで通りの小型で安いTVも出回っていそうな気はするけどね。出費を無理強いされてるみたいで、やっぱり腹の虫が治まらないなぁ。

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2005年8月 7日 (日)

23年ぶりの同窓会

中学時代の同窓会があった。卒業から数えると、実に四半世紀ぶりである。参加した男子の半分は、最初だれだか分からなかった。自己紹介をしてなるほど、と記憶が結びつき始めたのだが、女子の3分の1程は最後まで一致しなかった。あらかじめ卒業アルバムを眺めてはおいたのだが、同じクラスになったことがなかったりすると尚更なのかもしれない。

当時と面影が多少違っていても、その人の親と顔が似ているなぁとか、仕草や話し方で何となく思い出したりするのが面白かった。

二次会では不覚にも(というか飲み会では毎度のことなのだが)眠りこけてしまい、三次会は明日の用事のためにパスせざるを得ず、かなり勿体ない思いがした。でも、今後は5年ごとに開催するらしいので、今回の物足りない分は次回に取っておこうと思うのであった・・・。

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2005年8月 4日 (木)

夏の楽しみ

毎年夏休みになると、NHKラジオ第1で『夏休みこども科学電話相談』という番組が始まる。そこに子供たちから寄せられる質問と、専門家による回答が楽しみだ。

どの先生も、それぞれの話術で子供たちの疑問に答えていくのだが、中には「小学校低学年にその答えはないだろー?!」とか「そういう質問じゃないだろー?!」とか批判したくなるようなものもあったりする(某局の元解説委員なんか多いような・・・)。「エー??」と思いながらも自分なりの答え方を考えたりして、それがまた楽しいのだ。

もちろん、宇宙や天文に関する質問も多い。そのやり取りは、星空観察会などの指導の際の参考にさせてもらっている。(というほど上手い具合に似たような質問があるわけでもないが)

ちょっと前に、ブルー・ムーンに関する質問が寄せられた。ちなみに『ブルー・ムーン』とは歴史的にはさまざまな定義があるのだが、現在一般的には「同じ月に2回の満月があるとき、2回目の満月を『ブルー・ムーン』と称するらしい(http://www.nao.ac.jp/nao_news/data/000509.html)。歴史的背景・由来については、Web上にさらに詳しく調べたページがあったと思うので、興味のある方は検索されるといいだろう。

そのときの番組は『ブルー・ムーン』という、ちょっとミステリアス?な用語についての回答に終始した。なかなかトリビア的な魅力があって自分も感心して聞いていたのだが、後になって考えると実は月が赤く見える現象と混同しての質問だったで、もしかすると赤い理由を聞きたかったようにも思われた。子供にしてみれば答えをはぐらかされたように感じるかもしれないが、こんなすれ違いが時々起こるのも、生番組ゆえの悲しさかもしれない。

 

今週末からお盆明けまでは高校野球中継で番組はお休み。先週から通常時間帯での勤務が始まったので今年はなかなか聞く機会がない。ちょっと寂しい夏かも・・・。

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8月3日、梅雨明け。

きのう、ようやく東北南部の梅雨明け宣言が出された。昨年より12日だか、遅いらしい。

梅雨明けが遅いと、その夏は何となく不安定のような気がする。なかなか、星を見るのに適した空にならない。だから、今年のペルセも、果たしてどうなることか。せっかく13日が休みになったので、予定通り観望会を開きたいのだが、とても気懸かりだ。

およそ6年ぶりのペルセ観望。晴れてくれ~~~。

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2005年7月27日 (水)

うしかい座の火星

おとといの夜勤のとき。久し振りに晴れていたようで、2時の休憩のときに窓の外、南東の方向にアークトゥルスのようなに明るい星が見えた。

星に興味のある人なら、その時刻そんな方向にアークトゥルスが見えるわけがないことはすぐわかるだろう。本当は、うお座にある火星である。

昔、サークルの先輩がアークトゥルスのことを冗談半分で「うしかい座の火星」と呼んだことがあった。成る程、似たような色をしているではないか。

火星はこの秋、地球に接近する(最接近10月30日。正しくは、「地球が火星に接近」なんだろうな)。見頃は10月にはいる頃から11月中頃までか。一昨年の大接近ほどではないにしても、それに近い好条件だそうだ。どこかの天文台にでも見に行こうかな。

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2005年7月26日 (火)

祝・ローンチ成功!!

スペースシャトル・ディスカバリー、ローンチ成功!

NHKとどこか民放の中継番組をいったりきたりしながら打ち上げの様子をみてました。白煙を曳きながら上昇するシャトルの姿に思わず鳥肌が立ちました。

約9分後には外部燃料タンクの分離も終了。あと30分ほどで軌道投入が完了するということで、今後のミッション成功と無事の帰還を祈るばかりです。☆

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2005年7月 6日 (水)

うちの会社はいつも突然

ここしばらく朝からの出勤だったが、今日夕方になっていきなり「明日から深夜勤・早出」といわれた。

まー、いーんですけどね。

聞くところによると、現行の生産機種を停止し、来月から新機種に移行するらしい。そこで今月の生産予定を前倒しするために、半月ほど二直体制にするという。

それも、まぁいいんだけどね。

だからといって、「生産ライン変更期間中は自宅待機」なんてことにならなきゃいいんだけど・・・。冗談交じりに問うてみても、何の返事がないあたり・・・ 何だか怪しい・・・。

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2005年6月12日 (日)

言いづらくない?『ブログ』

 ブログ開始から1ヶ月。どうもいまだに『ブログ』という語感への抵抗を禁じえない。最初は意味からして不明だったせいかもしれない。しかし、それが『Web Log』の略語なのだと分かった今でも、やはり口に出してみると妙なのだ。アクセントの関係で省略形が『ブログ』になったのだろうか?むしろ、『ウェブ・ログ』というカタカナ表記から短縮したと見るのが自然のように思う。だとすると、『ブログ』とは口語ではなく、文語なのかもしれない。

 じゃあ、どんな呼び方ならいいんだろう? いくつか考えてみる。

  1)「うえろぐ」 ・・・なんだかモビルアーマーみたい。

  2)「うぇろぐ」 ・・・コーンフレークか?

  3)「うぇろ」 ・・・発声を間違えると「エロ」だな。

『ウェブ・ログ』の言い換えではこんなところか?あるいは・・・

  4)「電日(電脳日記)」 ・・・・

うーん、うまい和訳がわからないは確かだが、それ以上にセンスがないのも良くわかる。

 ともかく。

 安易な横文字、あるいはその短縮造語が横行する昨今の風潮は何とかならんものだろうか。いかにも年寄りじみた言い草だが、せっかくある日本語を無為に眠らせているような気がしてならない。報道、出版、あるいは大元となる命名者自身にもっと工夫をして欲しい。また、そうした造語を使わされる側もまた、それに踊らされないだけのセンスを育まなきゃと思うのだった。(そうしているうちに耳が馴染んでしまうのだけれど)

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2005年6月11日 (土)

鳴らない電話

今週末に星見の予定を入れたのだが、どうも雲行きがあやしい。台風が押し上げる前線の影響で、いつ梅雨入りしてもおかしくない感じだ。

話は変わるが、携帯電話を買った。

そもそもが日常生活では電話を使わない質なので、いままで携帯を持つ必要性を感じていなかったのだが、すこし前から星見の時の連絡手段がほしいかなと思うようになり、今回の星見を機に購入に踏み切った。

とにかく普段使う気はないので、なるべく毎月の基本使用料の安い方がいい。結果、プリペイド式にした。これなら最低3000円=プリカ1枚で半年は電話番号が有効だし、1枚のプリカが2ヶ月有効ということは月額基本料1500円と思えば一番安上がりかなーという腹だ。Webもロングメールもやらない、という相当の覚悟の下の選択ではある。(どこまで我慢できるかな?)

機種は奮発してカメラ付。通常の機種よりかなり割高だが、デジカメ代わりに星見の様子を撮っちゃうからそれでいいのだ、と思って割り切る。色は、これまで身につけたことのない赤。なんだかシャア専用みたいなところが妙に気に入った。(べつにシャアが好きな訳じゃない)

早速ペラペラとマニュアルを拾い読みしてみたが・・・まー何やら機能や設定が一杯で、すでに頭の中はオーバーフロー気味である。溜息。

 買ったはいいけどまだ誰にも知らせていないので(家族すら知らない)、着信履歴はクリアのままである。この電話を鳴らすのは、誰?

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2005年6月 5日 (日)

グリーンレーザーポインター

かねてより星見用に緑色のレーザーポインターが欲しかったのだが、一時期国内での販売が中止になっていたため、個人輸入するしかないかと思いながら去年の暮れ辺りからフリマに出品されるのを待っていた。

数日前、ふと思い立ってWebを検索していたら、なーんだ、あるじゃん国内メーカー品が。いったいいつ発売されたのだろうと思いながら早速安いところを注文したら、もう昨夜届いてしまった。それからメーカーのホームページを調べてみたら(順序が逆だよな)、昨年8月の販売開始だったことが判明。なんてこったい。

クラス2(最大出力1mW)のビームが果たして実用になるのか、大いに気になるところ(以前見たのは規制前の5mWの品だった)だが、昨夜は雨降りでテストできなかった。明日は晴れるかな?

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後記

その後5mWのグリーンレーザーのモジュールを購入し、グリーンレーザーポインターを完成させました。詳しくはこちら(2006/8/4)

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2005年5月11日 (水)

とりあえず、始めましょ

どうしたことか、いきなり『ブログ』である。

きっかけはまぁ、兼ねてから構想中のホームページ立ち上げに息詰まったからなのではあるが、その中でやりたかったことの一つが、どうも昨今巷を賑わせている『ブログ』に向いていそうな気がしたからである。となれば出来そうなところから手をつけちゃおう、てなわけで『ブログ』を立ち上げた次第。

さて。まずはここのタイトル、『よるのてふ』について

正確には、「夜の蝶」である。

Y大地学研究会に代々伝わる、夜間(一般には日没から日の出までとされていた)のみ書き込みを許されたノートのことである。多分、一般的な連絡ノートである「自由帳」から天文班が派生させたノートで、「夜の帳」から「夜の蝶」へと転化したのではないかと思う。(「帳」と書くと「とばり」とも読めて好きだったな。)

だから、もともとは天文班の連絡用ノートだったはずなのだが、実際にはかなり個人的な、日記帳的な記述が多かった。というか、俺一人でそんなふうに使っていたのかも知れないけれど、少なくとも、そんな雰囲気が許されたノートではあった。

前述のホームページ(未公開・工事中)に、そんなページを作りたいと思っていたところだったので、こちらにその名を借りての命名である。

学生時代のあのノートのように、またつらつらと思うところを勝手気ままに書き連ねていこうと思うのは、懐古趣味にすぎるだろうか。

まぁ、いつまで続くか分からないけど、とりあえず始めようかと。

お付き合いのほど、よろしく。

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