カテゴリー「映画・テレビ」の記事

2007年5月25日 (金)

『紅の豚』

 何度目だろう、TVで見るのは。「えー、またかよぉ」と思いつつも、毎度しっかり見てしまう。

 ストーリー自体は最近のジブリに比べるときわめて単純。それでも飽きが来ないのは、スピーディーなストーリー展開と、安定した絵の質(最近のフルCGアニメ作品は硬質すぎて、見ていて疲れる)のおかげだろう。森山周一郎や加藤登紀子、ジブリ作品では常連の上条恒彦と、渋いCV陣も魅力的だ。

 この映画を見ると、空を飛んでみたくなるのは、私だけ?

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2006年8月26日 (土)

IAU総会決議報道に思う

先日24日のIAU総会決議。連日、TVのニュース報道はもちろん、新聞にも記事が載るなど、この話題への関心が強いことが伺える。きっと、明日日曜のTVでもあちこちで扱うんだろうな(仕事で見られません。残念)。

TVではどの局もほぼ一様に、教科書出版会社がてんやわんやだと言う余禄もつけた報道スタイルになってるけど、これまでの常識を覆す事件でもあるし、仕方ないか、とは思う。

ただ、我慢ならないことが一点、ある。

今回の「降格」問題を、多くの報道で「アメリカの権威の衰退」という捕らえ方をし、無理やり昨今の世界情勢と絡めたと思しきコメントを差し挟みたがることだ。これを、ゲストのコメンテーターが面白おかしく言う程度(いや、それも不謹慎ではあるけれど)ならまだしも、キャスターやリポーターが率先して「個人的感想」を差し挟む。そんな、いかにもワイドショー的な、下世話なコメントが「報道」の中で行われていることが、許しがたい。(最近では某国営放送局でも「個人的感想」で軽く流すことがあるので油断ならない)

今回のIAU総会で検討された「惑星の定義の見直し」は、純粋に科学的な見知から「冥王星が惑星として適切かどうか」を検討したものであって、何も反米感情の表れからきた問
題ではないなずだ。報道する人間が、この点を知らずにいると見える。

 ・・・「報道」とはそんなもの、と諦観せざるを得ないのか・・・

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今回、決議の模様をプラハから中継した『報道ステーション』。西はりま天文台のなゆた望遠鏡による、冥王星の中継が素晴らしかった。番組の始めと終わりで移動が確認できたけど、番組スタッフは気付いたかな? 残念だったのは、冥王星の位置を示すマーカーがインポーズされなかったこと。途中から見た人にはわからなかったろうな・・・・

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2006年6月 8日 (木)

やっぱり納得できない『地デジ』

 地元でも間もなく地上デジタル放送が開始される。アナログ放送終了まで5年だ。確か。

 しかし、それでもなお、納得できない。

 5年後には、現行のテレビが用なしになってしまうのだ。そのテレビはどうなる?中古家電としても用をなさず、ただ廃棄されるだけだ。

 あるいは他の国に中古として売られるようなものもあるのだろう。その様な販路が、十分に確立でもされれば救いようはある。しかし。まだ使える機材がわざわざ買い直しになるのだ。なんとも勿体ない話(経済的なことではなく)ではないか。このようなことが、国の施策として、国を挙げて行われるのだ。それが納得できない。

 もちろん、専用のチューナーだとかを取り付ければ済むのは知っている。ところが、一家に一台はおろか一人に一台どころか、ひと部屋に一台とされ言われる現状に対して、わざわざその様な出費は馬鹿馬鹿しい。そう考える人間は自分だけではないはずだ。買い換えると言っても、地デジ対応のTVは大型の機種ばかりで、手頃な値段とは言い難い(十分調べて言ってるわけじゃないけど、全般にまだ高いでしょ?)。いきおい、「だったら捨てちゃえ」という事だって有り得るだろう。行き着く先は、違法行為・・・・。そんな想像だって難くない現状ではないか。処罰の強化だとかが打開策とは言えないだろう。そんな状況が放置されたままに見えるのが、納得できない理由の一つでもある。

 確かに、アナログ放送中止は前々から告知されている。PSEマークのゴタゴタのようなことは少ないだろう。それにしても、どこのお役所が決めたんだか知らないけれど(通産省?郵政省?どっちにしても古いか)、廃止まで5年という期間はどうなんだろう?TVの耐用年数からして妥当なんだろうか?10年とか15年とか、「もう使ってる人はいないよね?」くらいの長いスパンを持って廃止と言うなら、納得というか妥協も出来るのだが。まさか、「5年で買い換え当たり前」みたいな感覚で決められたとしたら、一般庶民としては納得行かない。「床暖房とウォッシュレット装備は当たり前」と言った、どこかのお役所の官舎だか住宅だかの前例を考えると、一般庶民とお役人様の感覚のずれへの危惧はやはり払拭しきれないし、極端な話「政・財・官そろって何やってんの、何企んだの?」という疑念(いろいろ利権が絡みそうだし)すら禁じないのだ。

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 TVでは今も盛んに女子アナを起用したCFが流されている。「私○○はデジタル○○に」なんてやらされてる彼女らを見るにつけ、気の毒だなぁ、と憐憫の情を催さずにはいられない。

 地元のTV局でも女子アナを起用してキャンペーンを張ってたりして(うちの県だけ?)、そんなPRに張り切っているTV局だかCF制作会社だかの姿勢も、やっぱり納得しかねるのだ・・・・・・(やってることが中央の二番煎じだし)

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 あと5年以内に我が家のTVの少なくとも1台は否応なしに地上デジタル化への対応を迫られる事は必至なわけで、さもなくば情報社会との隔絶は目に見えてるしそんなこと(TVなしの生活)は耐えられるわけもなく、買い換えてるか外付け機器での対応で済ませてるかは分からないけど、やっぱりそれはとても面白くないことなのだ・・・・

 ・・・納得できない・・・

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2006年1月21日 (土)

NHK『ニュース10』

なにやらこの春、『ニュース10』が放送終了とか。9時台のニュース番組に一本化されるみたいですな。視聴率が低いためらしいけど、これはもう当然だろうという思いが強い。

どこか民放のニュース番組(FNN?)にそっくりの、暗い背景のスタジオに赤系統の照明。ライティングのせいか、どちらも報道の雰囲気が非常に重苦しい。なもんで常々あまり見たくないと思っていたんだけど、NHKのあの番組が低視聴率であると言うことは(民放局の方はどうだか知りませんよ)、同じように思う人も多かったってことかな。

それにしたってあのセット。どうみても何処か海外のニュース番組の真似でしょ??二番煎じもいいとこじゃん。よくもまぁ恥ずかしげもなく真似できたなと思う。どちらの放送開始が先だったかは知らないけどさ、天下のNHKがそこまでするか?って感じ。NHKならそれらしく(どれ?)、別に昼や夕方のセットを使い回ししたって十分だと思うんだけどな。わざわざ金かけてよそ様の真似してさ。見ていてとても恥ずかしかった。それで視聴率が低いだなんて、当然じゃん。あんな番組を立ち上げたこと自体が信じらんない。

そんな感じで見ていた(他に見る番組がない時にね)ので、あの番組の終了を知ってとても清々している。春からといわず、今すぐにでも打ち切って欲しいくらいだ。まったくもう。

4月からの新番組が、あの雰囲気を引きずらないことを切に願うばかりだ。

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2006年1月 2日 (月)

里見八犬伝

明けましておめでとうございます。ことしもちまちま書き込みします。

見ちゃいました、八犬伝・前編。なかなか面白く仕上がってますね。豪華な俳優陣も、いい線いってるんではないかと思います(一部「???」な若手も居りますが)。特にいい味出してるのは、玉梓の菅野美穂と?(名前忘れた)の武田鉄矢かな。

 #ビデオもしっかり2日分予約・・・と思ったら、標準設定(120分)のままで今日のも尻切れトンボに・・・。(明日の古畑もそういえば3倍にしてないぞ)

『八犬伝』というとどうしても忘れられないのが、昔NHKでやっていた人形劇の里見八犬伝。坂本九のナレーションや主題歌が忘れられません。レンタルしてないかな?

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2005年12月25日 (日)

『クリスマスの約束』その2

ビデオで最初から見直しました。(曲順をメモしたけど、息子にシュレッダーにかけられて分からなくなったので、特に印象的だったところだけピックアップ。)

『ラブストーリーは突然に』。会場を隅から隅まで走り回って、思わず「だいじょうぶ?」と心配になってしまう。

?『さよなら』だったかな?両手を合わせてウルウルしてる女性の姿に、なぜかこちらも・・・。あまりにもヒットしすぎて誰もが知っている曲なので何となく敬遠していたけど、こうして聞くとやっぱりいいのです。当時、ラジオのヒットチャート番組で、この曲をかけおえたパーソナリティが「いいですねぇ」と感嘆していたけど、今なら自分にも素直に言えそう。

『O come all ye faithfull』(そんな感じの曲名)。スタッフとももめたと言う、クリスマス向けの選曲。初めて聴いたような気がする。ちゃんとこういうところに焦点をあてる(メジャーどころで善しとしない)、小田さんのこだわりが心憎い。小学生時代の思い出でもあるのかな?

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「なんでゲストが中居だったのか」が知りたくて、翌日の『金スマ』(『黒バラ』はたまに見るけど、こっちは殆ど見たことなかったな)も珍しくチェック。

結局、理由は語られなかったけれど、彼よりもレベルの高いのが4人もいるからこそ、彼に白羽の矢が立ったのではないかと、やはり思う。少し前まではちょっと「?」な歌唱力も、ここ数年は「いつ音が外れるか、少し不安」程度に上達しつつあるようだし、今回のことは何かしらテコ入れになりそうな気がしないでもない。こう言っちゃ失礼だけど、意外にも、聞けた。「やればできるじゃん」って感じ。汗びっしょりになって歌う姿がものすごく印象的だった。

半年後の中居正弘に注目。そんな予感の『クリスマスの約束』だった。

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2005年12月23日 (金)

『クリスマスの約束』

小田さんのライブの模様の番組です。

いま、『生まれ来る子供たちのために』を歌ってます(子供たちを使うのが好きですね、小田さん)が ・・・いいですねぇ。

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続いて『たしかなこと』。あんなふうに歌いたい。

『Yes・No』。オフコース時代のアレンジ。ソロバージョンも悪くはないけど、やっぱりこっちがデフォでしょ。

『キラキラ』。観客席に降りた小田さん。若い人もいるけど、やっぱり年配の人も多いね。

『Yes−Yes−Yes』。

『明日』。また子供たちが、今度はぞろぞろと。本当にコーラスが好きなんだなぁ。

『言葉にできない』。歌だけじゃなく、ピアノも弾いてみたくなります。聞き入ってる会場の雰囲気。涙してる人もありますが、こちらにも伝わってきます。アルバム『over』はやっぱり傑作だよね。武道館ライブ、見たいなぁ。DVD出てるのかな??

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小田さん、なぜか喋りが長井秀和風。前からこんなんだっけ?

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ゲスト、SMAP・中居正弘(字、これでいいのか?)と『夜空ノムコウ』。ハモリもなかなかなんじゃじゃないですか。大汗かいてご苦労様。

『大好きな君に』。しんみり。

『たしかなこと』。みんなで合唱。いいなぁ、一緒に歌いたいです。

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TVを見ながら武道館DVDをネットで検索。ありますね。そのうち注文することでしょう。プレーヤーもないくせに。(パソコンで再生は出来ますけど。)

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2005年12月 9日 (金)

いやなCF

思わず目を背けてしまうCFがある。メイク落しのCFだ。

あれを利用する機会のある世の女性たち(そうでない人もあるかもしれないが)は、どんな気分で見ているんだろう? さっと一拭きで顔がスッキリする、そんな映像をみて「これはいい」とか感じたりするのかもしれない。

それはそれでいいと思う。自分が不快なのは、「こんなに落ちるんです」とそのふき取ったコットンなり何なり―ファンデーションやらアイシャドウで名状しがたい色彩を帯びている―を、まざまざと見せつけられることだ。ハッキリ言って、食事時には見たくない。大抵はふき取ったあとのさも嬉しそうな笑顔でCFは終わるのだが、こっちはそんな気分じゃない。オイルでテカテカになった顔で微笑まれても、直前の獄色彩(「極」と書くのはこの際間違いだろう)が脳裏をよぎり、というかこびりつき、ちっとも嬉しくない。当の女性たちはそんなシーンを見ても、何の抵抗も感じないんだろうか?そんなCFを作ったり頼んだりする人も、なんとも思わないんだろうか?

 

「抵抗」ついでにもう一つ。やはり化粧品のCFだが、屋外でメイクしているシーンもどうかな、と思う。ちょっと前までは人前で化粧をするのはみっともない事という意識(マナーなのかな?)が、この国にはあったはずなのだ。最近、と言っても一昔前くらいから、「電車の中や公共の場所でメイクしてる場面に出くわしてびっくりした」みたいな非難めいた投書が新聞なんかに寄せられているのを見ることがある。そんなことを思ってみると、もう世の中にはそんな意識がだいぶ薄れてきた、いや、制作している人間だってそれなりの年齢なんだろうことを考えると、確実になくなっているんだな、と感じさせられてしまう。

本来ならば他人に見せるべきではないことが、そうではなくなっている。大人の一人ひとりがそう思っていても、テレビなどのマスメディアで流されることによってタブーではなくなって行く。そんな事象なんだろうなぁ・・・・。

たとえば、街中で若者がいちゃついているなんて言うシーンは、ちょっと前のTVドラマで盛んに描かれていたわけで、それを見て育った我々に抵抗感があるわけがない。殊更恋愛ドラマなんかじゃ格好良く見えるよう盛り上げるから、逆に憧れたりもする。そんな風に意識の中に浸透してくれば、タブーだなんて感覚はいずれマヒしちゃう。

マスコミ・マスメディアという業界はとかく人目につくことを要求されるわけだから、どうしても奇をてらったことをせざるを得ない。それが我々の眼に馴染むころには、奇異でも何でもなくなってやがて世に蔓延する。我々の常識はそうして変遷するのだろう(事の善し悪しはさておいて)。

・・・・そう思っては見ても、「みっともない」の意識がまったく欠如したそんなCFを見るにつけ、納得いかないんだよなぁ。制作側の意識(モラル)

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2005年7月 3日 (日)

小雪のCF

ちっとも旬じゃないのだが、小雪のCF2題。

1)トヨタ Isis(アイシス)

 このCFは結構気に入っている。自然な笑顔がいい。一瞬だけでもこっちに目線をくれるとなおいい、とも思うのだが、敢えてそれをしないところがこのCFのミソなのだろう。あの優雅な車内空間は飽くまでも乗り合わせた人たちだけのものだという、一種のお断りなのだ。

 それにしてもこの車名、「イシス」と読んで『猶予(いざよい)の月』を思い浮かべた神林ファンは、自分だけではないはずだ。

2)パナソニック VIERA

 こっちは・・・正直言って、シリーズ当初から「アクオス」の吉永小百合には品の良さで負けている。小雪が下品だと言うのではない。何か曖昧な、ぎこちない表情で商品名を言わせたり、意味もなく片肌を脱ぐような演出が、とてもお粗末に見えるのだ。

 吉永小百合に対抗して若手を起用、という意図はわかるのだが、吉永が漂わせる上品さに何を持って対抗するのか、その方向性をCF制作陣が解っていないのではないか。あるいはその意思が感じられない。

 タレントには明るくないし別段ファンというわけでもないが、小雪に関してはむしろ好意を抱いている方である。それだけに、このCFはどうにも感心できないのだ。今後の展開に期待したい。

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